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グイン・サーガがまだ続いていること

 私は小学生の頃から栗本薫という作家が好きだった。

 初めて読んだ栗本薫の作品は「魔界水滸伝」という長編の小説だった。結局この物語は、完結することなく途中で作者の栗本薫が投げ出してしまうわけだが、まあそれでも十分に楽しかった。

 栗本薫といえば「あとがき」なわけだけれども、「魔界水滸伝」は途中まで「あとがき」がなく毎回シリアスな感じで終わっていた。けれど、「あとがき」がつくようになるとシリアスな読後感に急にお笑い路線というか深夜ラジオのノリが入り込んできて、小学生の私は困惑した。

 その栗本薫も2009年に亡くなった。

 

 栗本薫の代表作と言えばもちろん「グイン・サーガ」で、私もほどなく「魔界水滸伝」だけでなく「グイン・サーガ」を読み始めるようになった。私はこの物語の中ではアルゴスの黒太子スカールが大好きだった。

 「グイン・サーガ」を栗本薫は自身のライフワークと位置づけ、たしかにその通り精力的に豹頭の戦士グインとその他の主人公たちの物語を綴った。けれど栗本薫はその「グイン・サーガ」を完結させることなく亡くなった。

 

 今でも、書店にいくとグインサーガの続刊が次々に刊行されている。これはどういった経緯なのかは私は知らないが、五代ゆう宵野ゆめという二人の作家さんによって何とかこの物語は書き継がれている。その不思議な感覚に手にとるべきかどうか迷いながら、その周りをぐるぐる、ぐるぐると旋回しているのが2017年6月の私だ。

 ウィキペディアを読むと2013年11月より続刊が刊行されているとのことなので、4年近い歳月となる。

 

 栗本薫が好きだと言うと、親戚のおばさんは、その人ならクイズ番組に出ているよと、小学生の私に親切にも教えてくれた。テレビに出る時の名前は中島梓だという。私はその番組を毎週見ていたので大変驚いた。

 番組名は「象印クイズ ヒントでピント」。とても有名な番組で、象印といえば私はヒントでピントのことを今でも思い出す。逆に言えば象印というメーカーにはそれ以外の印象がない。フジロックの時に象印がブースを出していることを発見した時には、懐かしさのあまり震えた。うちつける雨が寒かったわけではない。懐かしかったんだ。

 話を戻す。クイズヒントでピントに出演していた中島梓は女性だった。私は栗本薫を男、しかも渋いハードボイルドチックな男性だと思っていたので、かなり衝撃を受けた。そもそもを言えばペンネームについてうまく理解の及ばない小学生だったので、なぜ栗本薫中島梓なのかわからなかった。本能的に思った。「この中島梓という人は栗本薫じゃない」と。

 

 実はいまだに栗本薫中島梓であることについてうまく理解できていない。

 もちろん中島梓の著書はそれなりに読んだ。たとえば「わが心のフラッシュマン」というエッセイはただの一度もフラッシュマンを見たことのない中島梓フラッシュマンについて延々と語るという、エッセイ史上に残る傑作であるし、それはまさに栗本薫の「あとがき」に通じるものがある。けれども小学生の時に思った、「この人は中島梓であって栗本薫じゃない」という感覚は抜けずにいる。栗本薫はハードボイルドな男性でどこかのバーでダンディーに一人無言でタバコを吸っているはずだ。

 

 五代ゆう宵野ゆめの二人の方の書く「グイン・サーガ」は、ひどく「グイン・サーガ」の世界にピッタリと来ているかもしれない。けれど中島梓ですら栗本薫であることがうまく感覚としてつかめない自分にとっては、今はまだ距離をおくべきものなのでは?と最近発行されたグイン・サーガについて感じてしまうのは仕方のないことではないか、といって自分の考えを正当化してみたりする。

 

 

 

 

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