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おすすめブログのカウンターとして始めたはずが、気がつけば薄っぺらなブログ

グイン・サーガがまだ続いていること

 私は小学生の頃から栗本薫という作家が好きだった。

 初めて読んだ栗本薫の作品は「魔界水滸伝」という長編の小説だった。結局この物語は、完結することなく途中で作者の栗本薫が投げ出してしまうわけだが、まあそれでも十分に楽しかった。

 栗本薫といえば「あとがき」なわけだけれども、「魔界水滸伝」は途中まで「あとがき」がなく毎回シリアスな感じで終わっていた。けれど、「あとがき」がつくようになるとシリアスな読後感に急にお笑い路線というか深夜ラジオのノリが入り込んできて、小学生の私は困惑した。

 その栗本薫も2009年に亡くなった。

 

 栗本薫の代表作と言えばもちろん「グイン・サーガ」で、私もほどなく「魔界水滸伝」だけでなく「グイン・サーガ」を読み始めるようになった。私はこの物語の中ではアルゴスの黒太子スカールが大好きだった。

 「グイン・サーガ」を栗本薫は自身のライフワークと位置づけ、たしかにその通り精力的に豹頭の戦士グインとその他の主人公たちの物語を綴った。けれど栗本薫はその「グイン・サーガ」を完結させることなく亡くなった。

 

 今でも、書店にいくとグインサーガの続刊が次々に刊行されている。これはどういった経緯なのかは私は知らないが、五代ゆう宵野ゆめという二人の作家さんによって何とかこの物語は書き継がれている。その不思議な感覚に手にとるべきかどうか迷いながら、その周りをぐるぐる、ぐるぐると旋回しているのが2017年6月の私だ。

 ウィキペディアを読むと2013年11月より続刊が刊行されているとのことなので、4年近い歳月となる。

 

 栗本薫が好きだと言うと、親戚のおばさんは、その人ならクイズ番組に出ているよと、小学生の私に親切にも教えてくれた。テレビに出る時の名前は中島梓だという。私はその番組を毎週見ていたので大変驚いた。

 番組名は「象印クイズ ヒントでピント」。とても有名な番組で、象印といえば私はヒントでピントのことを今でも思い出す。逆に言えば象印というメーカーにはそれ以外の印象がない。フジロックの時に象印がブースを出していることを発見した時には、懐かしさのあまり震えた。うちつける雨が寒かったわけではない。懐かしかったんだ。

 話を戻す。クイズヒントでピントに出演していた中島梓は女性だった。私は栗本薫を男、しかも渋いハードボイルドチックな男性だと思っていたので、かなり衝撃を受けた。そもそもを言えばペンネームについてうまく理解の及ばない小学生だったので、なぜ栗本薫中島梓なのかわからなかった。本能的に思った。「この中島梓という人は栗本薫じゃない」と。

 

 実はいまだに栗本薫中島梓であることについてうまく理解できていない。

 もちろん中島梓の著書はそれなりに読んだ。たとえば「わが心のフラッシュマン」というエッセイはただの一度もフラッシュマンを見たことのない中島梓フラッシュマンについて延々と語るという、エッセイ史上に残る傑作であるし、それはまさに栗本薫の「あとがき」に通じるものがある。けれども小学生の時に思った、「この人は中島梓であって栗本薫じゃない」という感覚は抜けずにいる。栗本薫はハードボイルドな男性でどこかのバーでダンディーに一人無言でタバコを吸っているはずだ。

 

 宵野ゆめの二人の方の書く「グイン・サーガ」は、ひどく「グイン・サーガ」の世界にピッタリと来ているかもしれない。けれど中島梓ですら栗本薫であることがうまく感覚としてつかめない自分にとっては、今はまだ距離をおくべきものなのでは?と最近発行されたグイン・サーガについて感じてしまうのは仕方のないことではないか、といって自分の考えを正当化してみたりする。

 

 

 

 

ズンドコベロンチョとFacebook

 

Facebookフェイスブック)ってなんなんですかね?」

  不意をつく問いかけに私は言葉を失った。

 
  

 それは休憩中の出来事だった。

 問いかけてきたのは私の上司。この方はどんな時も私に対して丁寧な敬語で話す。私のような吹けば飛ぶようなミジンコの如き存在にきちんとした態度で接する意味など合理的に考えればないと思われるけれど、ともかく私の上司は一般的な教養と節度のある常識的な態度で私に問いかけをしてきた。Facebookとは何なのかと。

 この人がFacebookの事を知らないわけがない。

 いや、それどころか普通に私の上司はFacebookを利用している。

 つまりこの場合Facebookとはマーク・ザッカーバーグハーバード大学在学中に立ち上げたソーシャル・ネットワーク・サービスであり、今や全世界で10億人以上のユーザーが利用しているとか、そんな答えを求めているわけではないはずだ。

 もっと冷静に考えればFacebookへ広告を出した結果について先々週の会議で議題に取り上げられていた。

  おそらくは問いかけの内容に深い裏の意味が隠されているに違いない。けれど、どんなに考えても、その裏の意味を考察することが出来ず、私は冷や汗をかいた。

 それは禅問答のような哲学的な回答を求められているのだろうか。それとも、私にとってのFacebookの存在価値を答えるべきなのだろうか。

 

「質問の意図をつかみかねますが…」

 

 仕方がないので私は正直に問いかけの意味がわからない、と白状した。

 

「いや、SNSとかメールとか色々あるじゃないですか。TwitterとかMixiとかLINEとか。もっと言えばインスタグラムとか。その中でわざわざFacebookでコミュニケーションを取る意味って何なんだろうかなあ、と思って」

 

 SNSの使いどころの話をしているんだろうか。 Facebookの特徴は実名登録となっており、実名であることを前提にコミュニケーションを取る。もっと言えばTwitterやインスタグラムのようにネットで新たなる出会いをもって友達リクエストを申請することを運営は良しとしていない。あくまでも普段の交流の延長線上にFacebookは存在している。けれど、もともと知り合いであることを前提に利用されているネット上では非公開でやりとりされているLINEやメールともやはり何かが異なる。

 結局、私はここでは上司からの問いかけにお茶を濁した返答しかできなかった。

 

 私はこの時、何年か前にリメイクされ放送されたドラマのことを思い出していた。

 それが放映されていたのは土曜日の夜だったと思う。フジテレビ系列の「世にも奇妙な物語」の中の一つの物語「ズンドコベロンチョ」のことだ。

 「世にも奇妙な物語」はタモリストーリーテラーをつとめ10分から20分程度の短編ドラマをオムニバス形式で放送しているドラマであり、90年代初頭にはレギュラー放送がされていた。以降は特別編として思い出したように新作が発表される形式となった。

 「ズンドコベロンチョ」は初期のレギュラー放送時代に放映されたうちの一話ということになる。

 その20年ほど前に放映されていた際に主人公を演じていたのが草刈正雄となる。そう、昨年の三谷幸喜が脚本を書いたNHK大河ドラマ真田丸」の前半戦では実質的な主人公であった真田昌幸役のあの俳優だ。

 

 「世にも奇妙な物語」のうち過去作で人気の高かったものを選出し、リメイクしたもののうちのひとつが今回といっても数年前に放映された「ズンドコベロンチョ」となる。

 「ズンドコベロンチョ」は有名な作品だし、今更感もあるが一応あらすじを説明すると----

 知識量/情報量なら誰にも負けないと自負し、仕事の上でも必ずしも一般的ではない最先端かつ難解な用語を次々と操るエリートサラリーマン(リメイク版ではIT会社社長)が主人公。そして自分の操る言葉を理解できない部下たちを勉強不足であり、無能と蔑む。ところがある時そんな部下たちの会話から「ズンドコベロンチョ」という謎のキーワードを耳にする。その会話の中から誰もが知っている言葉として「ズンドコベロンチョ」は登場する。

 日常の中で無能扱いしていた部下から「ズンドコベロンチョ」について同意を求められた主人公は思わず知ったかぶりをしてしまう。その場はなんとかやり過ごしたものの、主人公はその後色々な方法で慌てて「ズンドコベロンチョ」の意味するものを理解しようとする。けれど、どんなに頑張っても調べても抽象的であったり、説明や使用法に共通性がなく、その言葉の意味するところに辿りつけずにいた。

 次第に「ズンドコベロンチョ」はどんどんと影響力を増していき、ついには大流行語となる。けれど、そんな中主人公は「ズンドコベロンチョ」の意味するところをつかめずにいる。

  そして主人公は「ズンドコベロンチョ」の大きなプロジェクトのリーダーに選ばれる。がついに知ったかぶりでは対応できず「ズンドコベロンチョって何!?」と皆のまわりで口にする。それにより主人公の権威は失墜する。

 

 「ズンドコベロンチョ」という言葉を調べる部分が、初回の放送版では図書館などで地味に本や過去の雑誌を見るなどの作業だったことに比べ、今回のリメイク版ではググったり、iPhoneのSiriに各国の言葉で尋ねてみたりと今風のアレンジが加えられていて少し楽しかった。

 

 話を戻そう。ズンドコベロンチョFacebookについてだ。

 私たちは時として分かった風な口をきく。それは「ズンドコベロンチョ」の主人公のように決して知ったかぶりをしようと意図してのことばかりではない。

 わかっていると勘違いしているにすぎないんだ。

 たとえば上司にFacebookってなんなんですかねえ、と質問を受けた私は石のように固まってしまい、何の返答もできないでいた。

 それは知らない、ということとどれほどの違いがあるんだろうか。

 

 私はFacebookについてびっくりするほど知らない。いや使ってはいるけれど、それでもFacebookについて不意に質問をされた時にはいっさいの言葉を失うくらいには知らない。

 いや、それならばTwittermixi、インスタグラムについて知っているのかと問われると困るけれど、私が言いたいのはそんなことじゃない。

 

 私もなんだかんだでFacebookを使っている。リアルな繋がりのある知り合いとも何人もつながっている。けれど、あれは、Facebookの中にいる彼らは本当に私の知っている彼らなんだろうか。いつもと違う言語を使う違ったナニカに思える。

 Facebookの中の彼らはきっと私の知らないズンドコベロンチョつまりズンベロの事を詳しく知っていそうだ。彼らは、Facebookの中の彼らはズンドコベロンチョを知らない私のことを軽蔑するだろう。

 いやリアルで直接会う私の知人たちはズンドコベロンチョを知らない私を軽蔑しない。むしろ面白い人としてあつかってくれる。この違いは一体何なんだろうか。

 

 Facebookには謎のフィルターがかかっている。

 そんなことを思った。

 Facebookで醸し出されるコミュニケーションはズンドコベロンチョにどこか似ている。

 ズンドコベロンチョの正体はFacebookかもしれない。

 

 

 

 ドラマでのズンドコベロンチョは最後の最後までズンドコベロンチョが何を意味するのか、その答えの説明はなされない。もちろん恐らくは脚本を書いた北川悦吏子ですらズンドコベロンチョが何者であるかを想定していないと思う。

 

 ズンドコベロンチョに答えを求めてはいけない。ネタバレを求めてはいけない。もちろんズンドコベロンチョFacebookではない。ズンドコベロンチョは結末を楽しむものではない。

 ズンドコベロンチョはその過程を楽しむもの。ズンドコベロンチョとは何かを求め、彷徨い、七転八倒する様でしかない。

 それが私の至った結論。

 

 

 

 

 

 

 

多摩蘭坂もしくはRCサクセションのベストアルバム

 昨日の夜。急な坂道を歩いていた。ふいにRCサクセション多摩蘭坂という曲を思い出した。

 私は中学生から高校生くらいまでの時期、忌野清志郎とRCサクションの事が大好きだった。RCサクセションは何枚も何枚もベストアルバムを出すグループで、高校生となってアルバイトをするようになりある程度自分の自由にお金が使えるようになると、何枚も、何枚もRCサクセションのベストアルバムを買った。 

 
 10代の頃に忌野清志郎RCサクセションが大好きだったと書いた。

 嘘だ。

 今でもずっと変わらず好きだ。

 特に当初のレコード会社(東芝EMI)から発売中止となり問題作として世に送り出されたアルバム「COVERS(カバーズ)」はロックの歴史そのものだと思うし、覆面バンドとしてのザ・タイマーズの活動はその後イケすかないニュースキャスターとして活躍する古舘伊知郎にも衝撃を与えたし、ライブ盤「ティアーズ・オブ・クラウン」は名盤中の名盤だと思うし、忌野清志郎&2・3’S(ニーサンズ)はあまりにも批評的なバンドだったと思うし、とにかく忌野清志郎の在りし日の姿は私の胸と耳に残っている。

 その意味合いにおいては忌野清志郎RCサクセションも私の中では現役のバンドでしかない。

 

 私は忌野清志郎のことがずっと好きだった。けれど、あまり忌野清志郎のことについてブログなどで書いたことがないので少しだけ書いておいきたいと思う。

 とはいえ、私の忌野清志郎に関する思い出全部を語れるものでもないので、ほんの少しだけ。

 

 高校生が限られた時間の中でアルバイトをして得られるお金は限られている。その中でRCサクセションのCDを買うということはものすごく悩みが深かった。

 当時のRCサクセションは、レコード会社の関係かそれ以外の理由かはわからないけれど、ベストアルバムが異常にたくさんあった。ライブ盤なども複数あったため、同じ楽曲、例えば「スロー・バラード」や「雨上がりの夜空に」も複数バージョンがあって、どのアルバムが当たりでどれが外れかなんてよく分からなかった。

 もちろんオリジナルアルバムを買うという選択肢もあったはずだが、金のない高校生にとっては効率の良いベストアルバムを買うということは必然に思えた。

 結果として私はRCサクセションのベストアルバムとライブアルバムを何枚も何枚も買い漁ることになる。効率を追い求めたはずが結果として非効率になることは、世の常だ。

 

 何曲も重複曲のあるベスト・アルバムを私は丁寧に聴いた。なけなしのお小遣いで買った週刊少年ジャンプを最初から最後まで、なんなら巻末にのっている荒木飛呂彦先生のコメントまで繰り返し読み返している小学生のようだった。

 忌野清志郎がテレビに出演していた際に、同じ番組の出演者の方に「キヨシローさんの声はとっても良い声ですね」みたいな事を言われていることが、ままあったと思う。実は私はよく分からなかった。忌野清志郎の声は独特ではあったけれど、「良い声」というカテゴリで考えたことはあまりなかった。

 

 私が忌野清志郎の何が好きだったか、ということはわりとはっきりしている。

本当に単純に、その姿勢、態度だった。

 それはつまり「俺は自分の歌いたいことを歌うだけ~」というスタンスを忌野清志郎は貫いたことと私は思っている。

 よく言われる、政治的とか、左翼的みたいな、ことには一度もピンと来たことがない。自分の歌いことを歌うだけ。それだけで十分ロックは成立する。

 言ってしまえば「僕の好きな先生」も「言論の自由」も「宝くじは買わない」も「ラヴ・ミー・テンダー」や「サマータイムブルース」のカバーも「原発賛成音頭」も「トランジスタ・ラジオ」も全部根っこは同じなんじゃないかなって思っている。

 

 冒頭で急な坂道を歩いていると多摩蘭坂という楽曲を思い出したと書いた。

 私のiPhoneにはRCサクセションのベストは入っていない。上にあげた幾つかのRCサクセション忌野清志郎関連のアルバムはそうしているけれど、RCサクセションのベストは聴ける状況にない。思えば10年以上、聴いていないということになる。

 

 昔、高校生のころ、音楽評論家の文章を読むと、The Beatlesビートルズ)のアルバムを最近10年くらい聴いていない、みたいなことが書いてあったことを思いだす。一人や二人ではなかったように思う

 衝撃的だった。彼らは本当に音楽評論家なのか。音楽が好きなのか。と当時は思ったものだ。ビートルズを聴きはじめた高校生らしい憤りだたっと思う。

 今の私は彼らとあまり差がないことをしている。

 けれど、今ならわかる。急な坂道を歩いていると、多摩蘭坂のメロディが私を優しく包む。10年、RCサクセションのベストアルバムを聴いていないことなど、たいした問題ではない、ということだ。

 高校生の頃にきいたRCサクセションのベストアルバムは特にこれといって、目をみはるエピソードなど何もないけれど、かけがえのないものだったということ。 

 

 

コージィ城倉とプレイボール2

 

 今年(2017年)の春からコージィ城倉が「プレイボール」の続編を描いている。

「プレイボール」とはもちろん、ちばあきおが自身の作品「キャプテン」で初代のキャプテンを務めていた谷口が中学を卒業した後、墨谷高校に入学して以降を描いた物語のことだ。

 墨谷高校は弱小で甲子園とは程遠いところにある。その中で谷口がチームを引っ張り、活躍していく話ということになる。ところがこの話は不思議な事に、一つ下の後輩丸井と、二つ下の頼りになる後輩イガラシ、イガラシの強敵でもあった井口が揃った段階つまり谷口3年の春で、いったん話が終了している。

 その後ちばあきおが亡くなったこともあって、谷口の高校野球は春のままずっと止まっていた。

 

 プレイボールの続編をコージィ城倉が描くと聞いた時、少しばかり驚いた。

 私はコージィ城倉の描いた漫画とコージィが原作(森高夕次名義)の漫画をそれなりに読んでいる。「おれはキャプテン」「ロクダイ」「プニャリン」「ももえのひっぷ」「ショー☆バン」「ストライプブルー」「グラゼニ」「江川と西本」。特徴としては話が長くなってくると途端にぶん投げ気味に終わるようなところもある。

 コージィ城倉の描く漫画の主人公はどちらかと言えば、色々なことに思い悩んだり、ストレートではない紆余曲折ある思考をしていたりして、ちばあきおの描く猛特訓、猛練習でなんでも乗り越えてしまう登場人物たちとは何か毛色が違うようにも思えたからだ。

 

 「プレイボール2」はグランドジャンプという雑誌に掲載されている。私はこの雑誌のことを知らなかった。

 手に取ると懐かしの「キャプテン翼」も掲載されている。

 復活の第一話ではグランドジャンプの表紙を谷口が飾っている。実は第一話を読んでびっくりした。絵柄が、ちばあきおがそのまま描いたんじゃないかと思えるくらいに完コピされていた。往年の詳しいファンが読んだら全然違うよ、というかもしれないけれど、私からしたら素晴らしい、の一言でしかない。

 

 この記事を書いている今、「プレイボール2」は第4話まで進んでいる。少しばかり喋りすぎる谷口は、なんだかカズマサ(おれはキャプテンの主人公)っぽいけれど、それでもまだまだ期待が持てる内容と思って読んでいる。

 

 ところで、これは「プレイボール」よりもむしろ「キャプテン」でのイメージになってしまうけれど、今1年生として入学してきたばかりのイガラシはイチローに似ている。これはイチローも認識していて、過去のインタビューなどの中で何度か発言しているようで、イチローもイガラシが好きらしい。 

 

 まだ、イガラシが活躍するところまで話が進んでいないけれど、谷口が谷口らしく、丸井が丸井らしく、イガラシがイガラシらしく話が展開することを期待している。

 

 

2016年のこと(個人的で大雑把なまとめ)

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2016年の個人的なまとめについて

 個人的なまとめを、2016年の個人的なまとめをざっくりと書きたい。

 2016年は後々で確認すると、おそらくは、私にとって転換となる年として思い出されるはずだ。

 なので先制攻撃として、出来る限りの記憶を絞り出してここに記録しておきたい。

 これはあくまでも私の個人的な理由によることが大きい。2017年以降のことはわからないけれど、こういった年は今まであまりなかった。

 なので、それはどちらかと言えば「まとめ」という気の利いたものではなく、ダラダラとした無駄に長い戯言に近いが少しだけ文章を書いておきたいと思う。

 

 実は、記事そのものは2016年の12月に途中まで書き、そこでいったん力尽き、2017年3月に入ってからなんとかやる気を取り戻し、大幅に追加されたものだ。その2-3ケ月間に、電気グルーヴの新しいアルバムの発売とツアーが発表され、小沢健二は2016年のライブにて演奏された「流動体について」をシングルとして発売し、グーグルは新しいアルゴリズムを導入し、トランプは正式にアメリカの大統領に就任した。

 けれど、言いたかったことは基本的に2016年の12月の感想とあまり変わっていない。というより頑張って変えずに書いている。出来るだけ新鮮な2016年の気持ちのままで。

 

2016年1月1日の電気グルーヴ

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 私の2016年は電気グルーヴの映画から始まった。

 2015年末に公開が始まった「DENKI GROOVE THE MOVIE ? -石野卓球ピエール瀧-」は2週間という短い公開期間だったため、私がどんなに頑張ってスケジュール調整をしても1月1日以外にこの映画を見るチャンスがなかった。

 特に多忙をアピールしたいとかそんなことではないけれど、事実私には年末年始に映画を一本ゆっくり見る余裕は1月1日にしかなかった。

 正月早々、ZEPP名古屋に併設された109シネマズへと出かけた。1月1日の夜といった上映時間にもかかわらず。けっこうな数のお客さんがいて、私が見た上映回はほぼ満員状態だった。

 映画は、2014年フジロックのシーンから始まる。

 いくつかのライブ映像、石野卓球の所有と思われるかなり貴重で初めて見るような初期の映像、関係者やミュージシャンのインタビューなどもあり、また逆にロッキング・オン・ジャパンオールナイトニッポンなどのラジオで何度も語られているような話もあり、私のような電気グルーヴファンにとってはインパクトのある断片たちがまとめられた映画だった。

 映画の内容としては電気グルーヴそのものがインディーズ時代、人生時代より語られていて、彼らにとって重要なアルバム「フラッシュ・パパ・メンソール」は何故か無かったことになっていたけれど、それ以外は各アルバムごとにエピソードが充分に取り上げられていた。

 電気グルーヴと同時代に活躍したコーネリアス小山田圭吾や、スチャダラパーのそれぞれのメンバーの話も印象的ではあったが、やはり一番この映画の中で重要な部分を占めていたのはまりんこと砂原良徳の証言だ。

 それはまりん自身の電気グルーヴ脱退に関することで、個人的にはあまりにも想像外なまりんの言葉だった。これについてはまた別の機会にブログで取り上げたいけれど、大雑把に言えば当時の電気グルーヴの海外進出に対しての距離感の話だった。当時の方針は石野卓球のドイツ/テクノ人脈をフル活用したものであり、まりんはもっと王道であるイギリス/UK路線を主軸にしたかったとのこと。

 まりんが電気グルーヴの活動方針に違和感を感じていたこと、しかもそれは電気グルーヴ的な活動(お茶の間的な電気グルーヴ)に対する感情ではなく、海外進出の路線についてということも意外だったし、まりんがドイツ/ジャーマン・テクノ的なものよりもUK的な音楽フィールドに活動の軸足を持ちたがっていたという内容も、かなり意外なことだった。

 ただ、1年たった今となってはまりんの言葉がすこしだけ理解が出来る気がする。

 90年代半ばの石野卓球は尖っていた。先鋭的な音を奏で、しかもそれを一握りのマニアックな音楽人の趣味とすることをよしとしなかった。新しい音を作り、それを一般化しようとしていた。少なくとも周囲からはそのように振る舞っているように見えた。

 00年代に入ってからの電気グルーヴは急に減速をした。まりんの脱退でタガが外れたと言われた9thアルバム「VOXXX」、ライブ盤風リミックスアルバム「イルボン2000」のリリースまではよかったが、 以降、活動の明確な方向性を提示してこなかった。それは00年代にはいってからの音楽シーンともシンクロしていた。

 まりんは直感していたのかもしれない。ここから先、つまりまりんが脱退する以降の電気グルーヴの方向性に対する疑問。電気グルーヴとは石野卓球そのもののことだ。その卓球が言ってしまえばお友達路線の選択肢を選ぼうとすることへの違和感。静かな方向転換。

 

 ともかく私の2016年は電気グルーヴの映画より始まった。

 思えば2016年はわたしにとっては電気グルーヴが印象的な年だった。

 

大雑把な2016年、ポピュリズムとSAMPとノーベル文学賞PPAPポケモンGO

 2016年に起きたことと言えば、世間的に言えば年初に起きたSMAP解散騒ぎとその謝罪騒動、そして年末の解散。イギリスの国民投票によるEU離脱表明。ドナルド・トランプ氏が大統領選挙に大勝利。スマホゲーム、ポケモンGOのリリース。Bob Dylanボブ・ディラン)がノーベル文学賞を受賞。PPAPの大ヒット。

 ネットの世界ではグーグルが検索エンジンとしてのその欠陥を露呈してDeNAおよびその関連会社に検索結果を攻略された。これは民主主義の最大の脅威がポピュリズムだということが露見したことにもなんだか似ている。

 

 ポケモンGOのローンチ直後は本当にすごかった。このリリースはフジロックの期間中におこなわれた。私は越後湯沢から苗場のフジロックの会場へ通うバスの中でポケモンGOの話をするカップルを何組も見た。

 そして何よりも驚いたのは、フジロックから帰還し、名古屋駅へついた直後のことだった。もう本当に冗談じゃなく、誰しもがポケモンGOをプレイしていた。社会現象とは本当にこんな感じだった。昔の昭和のなつかし映像で見る街中にあふれる「ダッコちゃん」だの「フラフープ」だのとそっくりな状況だった。

 

 ピコ太郎のPPAPの魅力は、もちろん80-90年代風の電子音のトラックもかなりよい出来だと感じていたが、それよりも何よりも促音(ッ)と半濁音(パ行)が入り混じった発語の快感にあると考えていた。

 ものすごく考えて作られていた音楽なのかと思っていたが、ある時、CMで「ペン」「パイナポー」「アポー」の部分を商品名やサービスに置き換えて歌っているのを見て以来、偶然の産物なのかもしれないと考え直した。

 耳に心地よかったPPAPの良さが一気に失われて、私の中でPPAPは失速した、いや墜落した。

 

 ボブ・ディランノーベル文学賞

 そりゃボブ・ディランノーベル文学賞が与えられるなら、ディランを引用している村上春樹は順番的に後になるだろう、というのが正直な感想だ。

 この受賞にはかなり驚いた。というのもボブ・ディランノーベル文学賞に関する噂は10年位前から出ていて、ほとんどの人がその噂を本気にしていなかったと思う。ボブ・ディランノーベル文学賞を与えるなんて、「噂の真相」だの「週刊実話」だの「東京スポーツ」だのに掲載されているレベルの冗談記事だと思われていた。いや少なくとも私はそう思っていた。

 ノーベル文学賞にも当然候補というものが存在するが、少なくとも村上春樹ボブ・ディランの名前が取りあげられるような近年については、どの人物が候補者なのかは言及されることはない。三島由紀夫が半世紀ほど前にノーベル文学賞の候補者の6名のうちの一人だったことをノーベル財団が公表したのはつい数年前のことだった。

 世間に流通している噂が本当のことだった、ということが私のボブ・ディランノーベル文学賞の受賞に関する驚きだった。あれは根も葉もない噂ではなかったということなんだと改めて思った。

 

 そしてやはり2016年の最大の話題はSMAP

 SMAP解散騒動は色々とひどいものだった。SAMP×SMAPでの公開謝罪映像のことだ。あまりのひどさに江戸時代の芸妓の置屋を彷彿させるというコメントが私のTwitterのタイムラインを駆け巡った。そんなツイートは当時読み手に納得感をもって受け入れられていた。

 その後SAMPは正式に解散をする。

 彼らもしくは事務所が解散の日と決めた12月31日はSAMPとしての活動は特に無かった。噂されていた紅白歌合戦にも出演しなかった。

 世間的にはSAMPではじまり、SAMPで終わった2016年ということになる。

 

小沢健二のライブ・ツアー

  2016年の5月から6月にかけて小沢健二が久しぶりのライブツアーをおこなった。

 その時の感想は少しだけこのブログにも書いた。(→link)

 このツアーでもっとも驚いたことは、すでに現役とは言い難い活動をしているアーティストのライブでありながら、新曲メインだったということ。そして、往年のアーティストの新曲メインのライブにありがちな残念な、がっかりな感じがいっさいなく、むしろ現役のアーティストとしてのパワフルさを見せつけるライブだったということ。

 私はこのライブが始まった当初に名古屋で、小沢健二を目撃し、そのあまりの情報量の多さにもう一度ライブへ行こうと決めたものの、チケットを手に入れることが出来ず、断念した。

 その後フジロック2016のグリーン・ステージのand more表記が、小沢健二だったらどんなによいだろうと夢想したものの、私の願いはSMASHに通じることはなかった。

 2016年の小沢健二は事件だったと私は今でも思っている。 

フジロック2016と電気グルーヴ

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 2016年の初頭、私は2組のアーティストが世界の音楽の最先端を走っていると信じていた。

 アーティストの名前はSigur Rósシガー・ロス)とJames Blake(ジェイムス・ブレイク)。

 その2組がそろってフジロックへの出演が決まったと知った時、私は倒れそうになった。こんなことがあって良いのかと。

 けれど、少し不安もあった。もう単純にシガー・ロスジェイムス・ブレイクの演奏時間が重なって両方フルで見ることが出来ないんじゃないのかと。ところがその懸念は払拭され、なんと両アーティストは金曜日のグリーン・ステージ。トリ前とトリという奇跡的な並びとなった。

 

 ところが実はフジロック2016では私はこの2アーティストの印象が薄い。ともに決して悪いライブではなかったとは思うけれど、過去に見たライブからちょっと期待しすぎた部分があったのかもしれない。

 音が自分が思っていたよりも爆音ではなかったから、かもしれない。もっとビリビリとくるくらいの音圧を期待していたんだと思う。圧倒的な空間を期待していたんだと思う。けれど、残念なことにシガー・ロスジェイムス・ブレイクからはそれらを感じることが出来なかった。

 その翌日に見たKula Shakerクーラ・シェイカー)はひどく良かった。Travis(トラヴィス)のライブには多幸感があふれていた。3日目のRobert Glasper Experiment (ロバート・グラスパー・エクスペリメント)のRadioheadレディオヘッド)やNirvanaニルヴァーナ)のカバーが踊りだしたくなるくらいに印象的だった。ベビーメタルのライブに度肝を抜かれた。

 でも、私が一番最後に見た電気グルーヴがもっとも圧倒的だった。とんでもなかった。

 

 電気グルーヴはグリーンステージのヘッドライナー、Red Hot Chili Peppersレッド・ホット・チリ・ペッパーズ)のさらに後、深夜の時間帯に登場した

 

 彼らはびっくりするくらいにキレキレだった。誰が一番だったとか、誰が優勝とか順位付けをするつもりはないけれど、少なくとも電気グルーヴ電気グルーヴとしてキレキレだった。あまりの良さに私は電気グルーヴの全盛期は今なんだろうなと思った。

 実際私の心の中に桜木花道が現れて「電気グルーヴの全盛期は今なんだよっ!」と叫んでいた。いや妄想じゃなくて確実に。

 私はグリーンステージのPA裏のスクリーンのあるところで電気グルーヴを見ていた。正確には踊っていた。この場所はゴミ箱の前で、夜になるとフジロックでも比較的有名な場所となる。防蛾灯という言葉がニュアンスとしては、より正しい。ちょっとアレな人がたくさん集まって踊るスペースである。ここでガシガシ踊っているとピカチュウだのマリオだのいろんなコスプレの方々が集っている。もう、それだけでなんだかハイになる。

 フェスでの電気グルーヴはノンストップでMCなしで次々に曲をつなげる。今回のフジロックでも同様だ。この時のセットリストには普通はあまり演奏されないような「新幹線」や「バロン・ダンス」も入っていて、ダンス・ミュージックとしての電気グルーヴが研ぎ澄まされていた。

 比較的最近発表された「Baby's on Fire」はやはりライブでは最高だったし、定番の「Flashback Disco」はいつもどおりの破壊力があった。

  

 電気グルーヴの出番は昔で言えばクロージング・アクトと言われたところだ。ライブが終わり帰りのバスの中で私はぼんやりと考えた。

 こんな出来のライブをやるようじゃあ今後フジロック電気グルーヴの出演するステージはもうグリーン・ステージのヘッドライナーしかないんじゃないだろうか、と思った。けれど、そんな集客力があるアーティストでもないし、どうするんだろうか?と感じていた。

 不思議なことに状態は最高であるけれど、それゆえに今後どうなるんだろうと感じたフジロック電気グルーヴだった。

 

サマーソニック2016

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 フジロック2016以降の私は呆けていた。

 このブログの更新がストップしたこともそのことと関係があると思う。

 通常なら書くはずのサマソニ見たいアーティストリストも書かなかった。2016年はレディオヘッドUnderworldアンダーワールド)の2組が登場したこともあって個人的にはたくさん書くことがあったにも関わらず。

 なぜ呆けていたのかといえばフジロック電気グルーヴを見たから、としか言いようがない。

 サマソニではもちろんアンダーワールドレディオヘッドを見た。ともによいライブだった。その他ではWeezerウィーザー)が印象的だった。

 あっさりしたコメントだけれど、サマソニ2016ではそれ以上の感想は特にない。

   

ワールド・ハピネス2016と大森靖子

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 2016年は実はワールド・ハピネスにも行った。

 このライブには意外な伏兵が潜んでいた。

 大森靖子のことだ。

 

 もともとの予定にはなかったが、理由としては出演者の中に電気グルーヴの名前を見つけたからだ。チケットは直前の水曜日くらいに購入した。

 遅れて夢の島公園に到着すると、スチャダラパーが「今夜はブギー・バック」を歌っていた。水曜日のカンパネラのコムアイが魂の十六連射!!と煽っていた。今まであまり口にだしたことはないが私は水曜日のカンパネラのことが大好きだ。コムアイの容姿も好きだし、音も好きだし、なんといっても歌詞がいい。誰が書いている歌詞なのかは知らないけれど。

 そしてお目当ての電気グルーヴ。チケットを遅めに購入したこともあり、かなり後ろから遠目に電気グルーヴを眺めることになる。夕方17:50くらいからの登場で天候も悪くなりかけている状態だった。曲数としては8曲程度で、あたりもまだ明るかったので気分的な盛り上がりは難しかったが、個人的には夏の電気グルーヴのクロージングとしては悪くなかった。

 この日は出番的にトリはMETAFIVE。煽り的には高橋幸宏 × 小山田圭吾 × 砂原良徳 × TOWA TEI × ゴンドウトモヒコ × LEO今井というメンバーで6人いるのになぜFIVEなのかはよくわからないけれど、一時代を築いたバンド/アーティストのメンバーによるスペシャル・ユニットだ。

 ワールドハピネスは夢の島公園陸上競技場で開催される夏フェスで、主催者はあの高橋幸宏だ。中央のセンターステージと左側のこじんまりとしたレフトステージの両ステージを交互に使いながら進行していく。入場するとレジャーシートが渡され、それを芝生にしけば、そこが私のエリアとなる。一番後ろで寝っ転がりながらアーティストのライブを見てもよい。それがこのフェスの特徴だ。

 

  電気グルーヴとMETAFIVEは両方共にセンターステージ。この2アーティストの間に挟まれ、この日登場したのが大森靖子だった。

 電気グルーヴのステージ後半くらいから天候が悪くなりはじめ、少し雨がぱらついていた。電気グルーヴがそのパフォーマンスを終え、大森靖子が登場する頃にははっきり雨天となっていた。状況としてほぼほぼ最悪な状態。電気グルーヴのステージが終わるとそれまで立っていたお客さん方はほとんど座ってしまった。いや、ステージを見ていれば良い方で飲食ブースで食事やドリンクを求めるオーディエンスもたくさんいた。

 もちろんお目当てのアーティスト、知名度のあるアーティストの演奏が終わってしまえばこんなもの、といえなくもないけれど、大森靖子にとってはびっくりするくらいアウェイだった。いや無関心との戦いがテーマのライブだった。

 「絶対彼女」の中では大森靖子はこの日訪れたワールドハピネスの中心的な客層たちを「テクノおっさん」と何度も煽り、一緒に歌おうと絶叫したが、残念なことに観客たちは無反応だった。

 そしてこのワールドハピネスのハイライトシーンはこの後やってくる。雨が降る中「音楽を捨てよ、そして音楽へ」がはじまった。

 「脱法ハーブ 握手会 風営法 放射能…」ではじまるこの楽曲は、後半「音楽は魔法ではない」 を繰り返す、ほとんど叫んでいるだけの曲なんだけれどインパクトがあった。もちろん、今さら大森靖子が、とかないだろうというあなたの感想はわからないでもない。けれど、私にとっては2016年夏の終わりの事件だった。

 電気グルーヴで夏を終えようとしたら、大森靖子という名の伏兵に討ち取られた感じがした出来事だった。

 

 

welq的な検索結果

 2016年比較的ショックだった出来事としてgoogle(グーグル)が攻略されたことだった。

 検索エンジンの巨人にして、エリート集団でもあるグーグルが作った検索アルゴリズムはキュレーションサイトの力押しにもろくも崩れ落ちた。

 グーグルは世界中の優秀な人材/技術者をリクルートしていることでも有名だ。そんな優秀である彼らの作った検索結果ページ(SERP)が次々と汚染されていった。

 その手法はかなりあっけないもので、キュレーションサイトの運営者達はクラウドソーシングで素人ライターからかき集め、下手をすると100文字何円といった安価な文章で組織的にローラーサイトを作っていった。目的は検索キーワードに対して関連性の高い言葉を網羅することと、深掘りをすること。いや言葉尻だけをとらえるならば、その行為はきっと正しい。マニュアルまで完備されていて、それは家内制手工業を想起させる内容だった。ある意味、現代の革命だったとも言える。

 先進的なIT企業は100文字何円の手仕事に屈することになった。

 

 このブログに始めた当初にははっきりとした仮想敵があった。それは「なんとかまとめ」みたいなサイト。ブログ名がそれを表現している。興隆を極めた「おすすめサイト」たちと竹槍程度の私の知識で戦うんだ、みたいなところから「vs.おすすめ」は始まった。

 けれどあっさりと私は周回遅れになった。いや、最初から同じ土俵になんてもちろん立っていない。Jリーグと草サッカーくらいの差がはじめから最後まであった。

 

この世界の片隅に

 

 2016年の暮れ頃だったと思う。話題のアニメ映画「この世界の片隅に」をみた。

ちなみにこの映画のサントラ盤は私の中では2016年ベストアルバム。

 

 映画の感想を書く。

 もともと私は太平洋戦争を扱った映画に興味があった。

 しかもどちらかと言えば、一般人の非戦闘員の日常を扱った物語、しかも終戦の10年くらい前からはじまる物語がみたかった。可能ならば、年代が少しづつ進んで、今がいつなのか冒頭で表示される形が望ましい。

 「この世界の片隅に」をご覧になった方はわかると思うが、この映画では私の臨んだ形式で物語が進む。

 なぜこんな流れの戦争映画が好きかと言えば、戦況が悪化して国民生活が本当に苦しくなっていくのは終戦間際の1-2年ということになり、それ以前には非日常ではあるけれど、それぞれの暮らしがある。それがだんだんと苦しくなっていくさまに私は強く惹きつけられる。

 こういった物語を作る場合に、幸せだった「あの時代」と戦局が悪化している「今」との対比を強調するために、前の時代の幸せさを過剰に表現しがちで、本当に戦前または戦争初期が、良い時代だったかどうかはわからないけれど、けれど、この雰囲気は決して続かないという「予感」を感じ取ることができ、そこには麻薬的な刺激がある。

 

 本編がはじまる前、片渕須直監督の上演前メッセージが挿入されていて、その内容は、正確な言葉は忘れたけれど、「この物語では主人公のすずさんは戦時中の世界で、毎日の暮らしを営み続ける人です」と。私はこの映画は「間違いない」と確信した。

 

Chance The Rapper(チャンス・ザ・ラッパー)

 2016年の私を形容するのにぴったりな言葉がある。

 それは「情弱」だ。

 

 1年が終わりに近づくと各メディア、たとえばピッチフォークだのNMEだの、田中宗一郎のやっているサイト(The Sign Magazine)だのが、こぞって年間ベストアルバムを発表する。そんな中、2016年は一人の男が話題をさらった。

 男の名前はチャンス・ザ・ラッパー。

 この男がフリー(無料)で配信したアルバム「Coloring Book」が各メディアたちが高評価でとりあげている。なのに、私はこのチャンス・ザ・ラッパーと名乗る男の音源をきいたことがない。いや、たまたま、たどりつかなかったとか、そういうことではない。頑張って探したけれど、どこに音源があるかわからなかった。AmazonでもiTunes Storeでもたどり着くことが出来なかった。

 いや実は1曲だけ、iTunes Storeで購入することが出来た。

 ああ、いい曲じゃないか。でも聴いたことがあるぞ。と思ってよくよく曲名とアーティスト名を見るとジェイムス・ブレイクのリミックス版じゃねえか。

 とにかく私はいまだにチャンス・ザ・ラッパーの音源を求めて彷徨っている。

 

もう一回ポピュリズムと民主主義

 

 2016年とはあからさまな時代だったように思う。

 SMAP公開処刑だったり、DeNAのグーグル攻略だったり、トランプ氏の大統領選勝利だったり、Brexitブレグジット)だったり。

 そこに混ぜてしまってよいのかわからないけれど、ボブ・ディランノーベル文学賞受賞も同じように感じている。世間に流布していたディランはノーベル文学賞の候補者という話が真実だったこと、という意味で。

 ポピュリズムというものが、どうやら民主主義とは食合せが悪いということがわかっただけでも2016年という年は価値があったのでは、と私は思っている。

フジロックにポケモンGOを持ち込むな

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ヤサグレ日記

 フジロック2016に出演予定だったThe Avalanches(ザ・アヴァランチーズ)の出演キャンセルになったのでやさぐれている。そもそも2人組となってしまいDJセットしか出来ないザ・アヴァランチーズにどれほどの価値があるのかは疑問だったけれど、でも、キャンセルが決定したと言われると、やっぱり残念だ。

 代打はもうすでに決定していて、元Blankey Jet Cityブランキー・ジェット・シティ)の浅井健一のシャーベッツがその時間のレッド・マーキーでの演奏となる。

 元ブランキー・ジェット・シティという言い方は本人たちにとってはかなり失礼な言い方となるんだろうけれど、私にとってはそれ以上の感想はないから仕方ない。

 

 とにかく心が荒んでいる。ザ・アヴァランチーズのキャンセルで心が荒みきっている。荒んでいる故にもう本当に適当にブログ記事を書いてやろうという気持ちでいっぱいだ。誰かの役に立つ何かなんて書いてやるかという気持ちしか無い。

 

 話は少し変わるけれど、先週末妖怪ウォッチニンテンドー3DS用の新作ゲーム(妖怪ウォッチ3スシ/テンプラ)が発売された。けれど、世の中は、そして世の中とロクでなしどもは、まだ日本国内でリリースもされていないポケモンGOの話題に夢中だ。

  ポケモンGOに関する話題はある種のリトマス試験紙のようで、だいたい残念な感じのブログではポケモンGOに関する話題を取り扱っている。ポケモンGO残念ブログ祭りが開催されているのが2016年7月の第3週のインターネットの風景ということになる。

 祭りということであれば、参加することに意義があるのかないのか、とにかくフジロック前夜祭には参加できず自宅で死にそうな顔でキャリーバッグに荷物を詰めている私も、現実逃避をしつつキーボードを打っている。つまりは私はそういった種類のニンゲンということなんだろう。

 さらに話はそれるけれど、なぜニンゲンがカタカナかといえば少し前にボー・ニンゲンというバンドについて書いたからで、ボー・ニンゲンはフジロックにも登場するロンドンあたりで活躍する日本人によるサイケデリック・バンドだ。もし機会があったらyoutubeあたりで動画を見てほしい。The Beatlesザ・ビートルズ)が手塚治虫だとするならば、ボー・ニンゲンは水木しげるだ。

 

 ちょっとだけ話しを戻すと2016年7月22日深夜現在いまだポケモンGOは日本ではローンチされていない。

 

 私はこのローンチという呼び方には偏愛を感じたことは一度足りともないが、そのかわりにリローンチという言葉は大好きだ。

 その昔、90年代、JRA(日本競馬会)にはとある競走馬がいて、この馬は持ち込み馬で(外国産馬ではない)、G1では掲示板に乗るくらいには強かった。その馬は芝とダート兼用の馬でいかにもアメリカンなタフな馬だった。

 私はそのサラブレットが好きで仕方がなかった。馬の名前はトーヨーリファール。そのトーヨーリファール父親がリローンチ (Relaunch) という名前だった。血統的にはマッチェム系だった。

 マッチェム系って何って話になるんだけど、世界中で走っているサラブレットの父系をさかのぼるとすべての馬がたった3頭の馬にたどりつく。血統すごい。父親の力すごい。その3頭のうちの一頭がゴドルフィンアラビアンという馬でこの馬の血を受け継ぐ系統がマッチェム系と呼ばれる。

 けれど血統の話はそこまでは美しい話でもなく、均一に3頭の馬の子孫が残っているわけでもない。実際は、ほとんどがエクリプス系(始祖ダーレーアラビアン)の一強で世界の馬の血の90%以上を占めている。ヘロド系(始祖バイアリーターク)とマッチェム系(始祖ゴドルフィンアラビアン)なんて日本ではあわせても1%を切っているのが現状だ。ただ日本ではヘロド系にはそこそこ活躍馬がいて例えばメジロマックイーンとかシンボリルドルフとかトウカイテイオーとか(要するに全部パーソロン系)のような有名な馬がけっこういたので、まあ、ヘロド系はそこまで傍流というイメージでもなかった。一方、マッチェム系は90年代には本当に活躍馬がいなくて、日本の競馬ファン、特に私のような血統オタクたちはマッチェム系が今日にも途切れてしまうんじゃないかと不安で夜も眠れなかった。

 とにかくそんな中さっそうと現れたのがトーヨーリファール。そしてその父親の名前がリローンチ。そう、ストーリーとしては完璧で、マッチェム系のリローンチ(再出発)がここからはじまるという出来過ぎたストーリー、になるはずだった。けれど、トーヨーリファールはG1をとって大種牡馬になったりすることもなく、ひっそりと引退し、けれど、まあマッチェム系も2016年現在とりあえず、途切れずなんとか、今にいたっている。

 もう何の話かさっぱりわからなくなりつつあるけど、リローンチ。あのファイナルファンタジー14MMORPGとしてはスタート(ローンチ)にきっちり失敗したんだけど、なんとかリローンチをさせて、まあうまくいっているという噂も聞くし、ポケモンGOももし日本でのローンチに失敗しても、FF14を見習って盛大にリローンチすればいいんじゃないかなとか、勝手な感想を抱いている。

 

 もしここまで読んだモノ好きな方なら分かると思うけれど、ここで書かれている文章は脱線して本筋に戻る気がいっさいないスタイルだし、意味のある文章なんて書くつもりもないし、ポケモンGOの有意義な情報なんてここにはありはしないし、もし、そんなものが本当にほしいのならば検索窓にそれっぽいキーワードを叩き込んで次のサイトを閲覧したほうがマシだと思う。

 そしてもっと言ってしまえばポケモンGOを語るふりをしたイングレイス思い出詐欺でしかない。ここから先にポケモンGOの話題なんてほとんどないし、そもそも私はイングレスはしっていてもポケモンなんて池で釣ったコイキングを育てたらギャラドスになったことくらいしか記憶に無い。

 それでも読みたい方だけGO

 

大雑把なポケモンGO

 少しだけポケモンGOについて書く。

  ポケモンGO株式会社ポケモン任天堂、ナイアンティックの3社によって共同開発されたアンドロイド、iPhone対応のスマホゲームだ。

 共同開発と書いたものの基本的なベースは元google社内ベンチャーであるナイアンティックが開発したIngress(イングレス)をベースにしている。

 どうでもいい話だがナイアンティック(Niantic, Inc)をそのつづりから、私はニャンテックと呼んでいた。いや別に私に限った話ではなくイングレスを日本でプレイするユーザーは基本的に彼らの事をニャンテックと呼んでいたと思う。

 話を戻すとナイアンティックはgoogle社内ベンチャーだったがいつの間に独立したのか、任天堂に資金協力を受けたのか何なのかは私にはわからないが、グーグルから完全に独立した会社となったようだ。

 

 ポケモンGOはイングレスをベースにしている位置情報ゲームで、そこにAR(拡張現実)とポケモンを組み合わせており、現実世界でポケモンの内容つまり捕獲、育成、(交換)、バトルを楽しむことが出来る、らしい。何故らしいかといえばまだ私はポケモンGOをプレイしてないからであり、ウィキペディアの内容をそっくり書き写し、さらにイングレスとポケモンの内容から推測されることを追加しただけだ。また交換に括弧がついている理由だが、いまだ実装されていないらしい。

 現実世界のモニュメント/ランドマーク/名所旧跡/駅/郵便局などが「ポケストップ」(イングレスで言うポータルのようなもの)となり、ここでモンスターボールなどのアイテムを入手することになる。

 そしてポケモンGoでは3チームにわかれて「ジム」という場所を奪い合う。ちなみに3チームはそれぞれ赤・青・黄で色分けされている。

 つまりポケモンGOポケモンを育てつつ3チームにわかれて陣取り合戦をするゲームということになる。

ポケモンGOとIngress

 ポケモンGOでは、「ポケストップ」と「ジム」が重要な要素を占めることになるが、これがおそらくはイングレスのポータルがそのまま流用されるとのこと。

 つまりイングレスを先にプレイしていた人は最寄りのポケストップ、もしくはジムの位置をすでに覚えてしまっているはずだ。もっと言ってしまえば人によっては自身の通勤または通学のための道にあわせて新規のポータル申請をして、自分だけが利用しやすいポータルを作っているかもしれない。ちょっとだけイングレスのプレイヤーには知識的なアドバンテージがあることになる。

フジロックのポケストップとジム

 実はフジロックの会場にも少しばかりイングレスのポータルがある。

 それは苗場のプリンスホテルと、グリーンステージ、旧オレンジコート(今年からオレンジカフェになるらしい)の3つということになる。

 オレンジコートのポータルなど、ポータルの名前が間違っていて「オレンジ・ステージ」と表記されていた。

 実は昨年のフジロック期間中に(私だけではないと思うけれど)いくつかの場所(ステージ)においてポータル申請をおこなったが、その後ポータルが増えた形跡はないので、ニャンテックがポータルを増やすことにあきてしまったか、それとも今回のポケモンGOプロジェクトに飲み込まれリソースを完全に取られてイングレスどころじゃなくったかとにかく理由は定かではないけれど、とにかくポータルは3つのまま増えていない。

 ポータルが増えていないということはフジロックの会場内でポケストップだのジムになる可能性がある場所は3ヶ所、しかも苗場プリンスホテルは厳密に言えばゲートの外なので会場内とは言えない。

 これはつまり、そもそも始まっていない。ローンチされていないことはおいておいても、フジロックポケモンGOを持ち込むなということでしかない。

 

 イングレスマップ上のグリーンステージ

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イングレスマップ上のオレンジコート(表記はオレンジ・ステージ)

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イングレスマップ上の苗場プリンスホテル

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Ingressのちょっとした思い出

 イングレスの思い出をちょっとだけ書く。

 イングレスはポケモンGOと同じく位置ゲーということになる。

 この位置ゲーというやつが非常に厄介で、リアルニンゲンがやはり一番怖い。私は一度殴られるんじゃないかと思ったこともある。これはまた機会があれば書きたい。

 また私の場合、近所にイングレス中毒になったちょっとおかしな敵チームの人(おじさん)がいたので、自宅付近ではイングレスは封印していた。家からもっとも近いポータルはゴミ捨てに行くついでにハック(アイテムの取得)出来るくらいの近距離に存在していたれど、一度も家から一番最寄りのポータルはハックしていない。そのちょっとおかしなおじさんにスマホをいじっているところを見られたくないからだ。

 なぜ相手の人をおじさんと認識しているかというと、あまりイングレスをやっていることを隠さず堂々としているタイプの人で、ある種印象的な行動をされている方だったからで、あまり具体的に書くとやはり少し怖い感じなので、まあ麻雀でいうならばダブリー一発ツモくらいの勢いはある方だった。

 まあ、そんな風に近所にちょっと困ったおじさんが住んでいたり、会社の最寄りをポータルだらけにしたり、真夜中に未知のポータルを求めて墓場の中にあるお地蔵さんめがけて突き進んでいったりしている時に、これはもしや自分は何かにとりつかれているんじゃないだろうかと思い、それ以来イングレスはあまり起動していない。

 ポケモンGOがどんなゲームかまだ全容がつかめていないし、まだ未実装の機能もあるのでなんとも言えないけれど、そもそもローンチすらされていないけれど、夜中に墓場をうろちょろするようになったり、ジムが自分専用のものであるという気持ちなってきたら、それは明らかに中毒なので引退を考えたほうが、良いと思う。

 

 ただいまフジロック前日深夜1:37。夜が明けたらフジロックに出発だ。それでは。

 

 

 

 

 

フジロック2016 3日目 目玉はレッチリだけじゃないよメモ

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フジロック2016 3日目(日曜日)のメモ

 フジロック私が見たいよメモ3日目です。

 3日目のヘッドライナーの時間のタイムテーブルは少し特徴的で、フィールド・オブ・ヘブンのKamasi Washington(カマシ・ワシントン)以外はグリーンステージのレッド・ホット・チリ・ペッパーズとほぼ被らないようになっています。

 みんなでレッチリを見てフジロック20周年をお祝いしましょうというスマッシュ日高代表からのメッセージでしょうか。

 ところで1日目のメモ(→link)ではSigur Rósシガー・ロス)とJames Blake(ジェイムス・ブレイク)が、2日目のメモ(→link)ではWilco(ウィルコ)が注目だと書きましたが3日目に特に私が注目しているアーティストはDeafheaven(デフヘヴン)です。また、この3日目は初見でも楽しめるようなアーティストが比較的多数登場するので期待しています。

 

Bo Ningen(ボー・ニンゲン)

 ボー・ニンゲンはイギリス・ロンドンで日本人留学生4人により結成されたサイケデリック/ギター・ロック・バンド。 

 2016年にはいってからのボー・ニンゲンは Savages(サヴェージズ)のUK/EUツアーのサポート、Primal Screamプライマル・スクリーム)UKツアーのサポートの計24公演と多忙だった。そしてフジロックへは2013年以来の登場となる。

 彼らは、時代錯誤な長髪ロックな出で立ちをしており、棒人間という奇怪なバンド名に違わぬオドロオドロしいサウンドを奏で、不可思議で独特な日本語詞を甲高い声で叫ぶ。サイケデリック・ロックにカテゴライズされているものの、どちらかと言えば音楽としては異形。乱暴な説明ではあるけれど、初期のThe Horrors(ザ・ホラーズ)からキーボードを引っこ抜いて足りなくなった部分に70年代のロックを足したような趣き。

 同じサイケデリックでもThe Beatlesザ・ビートルズ)が手塚治虫だとするならば、ボー・ニンゲンは水木しげるだな、というのが私の感想。

 

Deafheaven(デフヘヴン)

 デフヘヴンはアメリカ・サンフランシスコ出身のブラックメタル/ポストメタル・バンド。メタルとシューゲイザーの融合と評する人もいる。

 フジロック2016日曜日の出演者の中で、私が今まで見たことのないアーティストとしては実はもっとも期待しているのがこのデフヘヴンということになる。

 

 私は元メタラーではあるが、それは遥か遠い話でIron Maiden(アイアン・メイデン)のようなNWOBHM(ニュー・ウェイヴ・オブ・ブリティッシュヘヴィメタル)から北欧メタル、ジャーマン・メタルへと時代の趨勢が切り替わっていった時代の話でしかなく、最新のメタル事情などいっさい知らない。

 ブラック・メタルというジャンルについてはとことん無知でデフヘヴンと幾つかのアーティストのCDを購入しただけだ。

 彼らのアルバムそのものは収録曲が少なく、その代わりに一曲一曲が長い。7-8分から曲によっては10分強のものまである。ボーカルはデス・ボイスでメタル的なギター・リフやソロも奏でられるものの、ポストロック的であり、時にシューゲイザー的でもあるが、トータルで聴くともはやプログレを聴いているかのようでもある。

 デフヘヴンがブラックメタルと呼ばれる音楽ジャンルにおいて王道なのかどうかは私には判断しかねるが、ライブ映像を見た印象としてファッション的にはメタル然としていなくて、そのへんのオーソドックスなUSやUKのロック・バンドのようだ。

  このあたりの「よくわからなさ」ということも含めて私は楽しみにしている。

 

Stereophonicsステレオフォニックス

  ステレオフォニックスはイギリス・ウェールズ出身のオルタナティヴ・ギター・ロック・バンド。

 聞き飽きたかもしれないけれがステレオフォニックスもやはりまた日英の人気格差が激しいバンドのうちの一つ。動画は昨年のT in the Park2015の映像。トリであるNoel Gallagher(ノエル・ギャラガー)のひとつ前で演奏。過去にはグラストンベリー/レディングの両フェスでヘッドライナーを務めたこともある。

  シンプルで力強いギターサウンドにケリー・ジョーンズのハスキーで印象的なボーカルが乗るオーソドックスにして王道なロック・ミュージック。

 前回のサマソニではマウンテンステージである意味ひっそりと演奏していたが、今回は時間が早いものの一番大きなグリーンステージでの登場となる。

 

 

 

The Avalanches(アヴァランチーズ)

  ザ・アヴァランチーズはオーストラリア出身のエレクトロニカ・ミュージック・ユニット。メインのサウンド・プロダクト手法はサンプリング。甘美なメロディと映画のような享楽性とそしてすべてのをただひたすらにセンスで繋げていくさまは圧巻。

 2000年に発表された00年代最大の傑作とまで言われる「Since I Left You」から16年。出る出ると毎年言われ続けていたザ・アヴァランチーズの新譜がついに今年2016年発売された。

 彼らの出演発表がある種の音楽ファンには、もっとも盛り上がった瞬間でもある。

 バンドそのものは現在ロビー・チャターとトニー・ディ・ブラーシの2人組となっているらしい。

 ライブそのものはDJセットで実現されるようで、どのようなライブ空間となるのか非常に興味深い。

 

 ※アヴァランチーズはキャンセルとなり、浅井健一率いるシャーベッツが代打となります。シャーベッツかあ。シャーベッツねえ。

Leon Bridges(リオン・ブリッジズ)

 リオン・ブリッジズはアメリカ・テキサス州出身のソウル/R&B・シンガー。今年27歳となった。

 実はリオン・ブリッジズの音源を聴いて驚いた。と、いうのも今年27歳になるような若いアーティストのやるような音楽とはとても思えず、50年代60年代を彷彿させるようなクラシックな楽曲であり歌い方で、レトロ・ソウルとも呼ばれていることも妙に納得した。

 

Robert Glasper Experiment (ロバート・グラスパー・エクスペリメント)

  ロバート・グラスパー・エクスペリメントはアメリカ・ヒューストン出身のジャズ・ピアニスト、ロバート・グラスパーを中心とするジャズ・ユニット。

 現在ジャズであり、ネオ・ソウルであり、ヒップホップであり、R&Bである。

 名門ブルーノート・レーベルに所属していることでも有名。

 ジャズ界の風雲児でもあり、現在ジャズを語る際には外せない人物。ジャズとヒップホップとの融合とも呼ばれているが、ロックリスナー的にもNirvanaニルヴァーナ)の「Smells Like Teen Spirit」やRadioheadレディオヘッド)の「Everything In Its Right Place」をカバーしており、その音楽的レンジは途方も無く広い。

 

 2番目に取り上げている動画、レディオヘッドHerbie Hancockハービー・ハンコック)の力技カバーはRobert Glasper Trio(ロバート・グラスパー・トリオ)としての作品である。

 ロバート・グラスパーいわくエクスペリメントとトリオは異なるグループとのことだ。違うグループだから違う音楽体験があるべきだ、というものが彼の考え方だ。トリオはアコースティックな音が主体で、エクスペリメントはそれとは異なる。電子音楽的アプローチも強く、歌も入る、とのこと。

 このトリオで演奏されている「Everything In Its Right Place」はレディオヘッドで実現したかった内容にかなり近いものではないかと思えるところがある。

 個人的にはレディオヘッドハービー・ハンコックの融合というのはナイス・アイディアだと受け止めている。

Jack Garratt(ジャック・ギャラット)

 ジャック・ギャラットはイギリス・バキンガムシャー出身のシンガー・ソング・ライター。その音楽ジャンルは形容しがたくソウル・ミュージック、 ダブステップ、ポップ、エレクトロニカ/ダンスと言葉にしてしまうと少しジェイムス・ブレイクを彷彿させる。

 今年の2月にデビューアルバムがリリースされたばかりで、ピアノ、ギター、ドラムその他の楽器の演奏もするマルチプレイヤー

 2016年のUKの有力新人の一人で年初のBBC Sound Of 2016の一位にも選ばれている。ちなみに4位のBlossoms(ブロッサムズ)はサマソニで来日。5位のMura Masa(ムラ・マサ)はフジロック1日目のプラネット・グルーヴに登場する。

 ところで動画の「Worry」という楽曲についてジャック・ギャラットはこんなことを語っている。「『Worry』はJ-POPのトラックでJustin Timberlakeジャスティン・ティンバーレイク)が歌っているような曲さ」。

 

 

BABYMETAL(ベビーメタル)

 ベビーメタルは日本出身のアイドル・メタル・ダンス・ユニット。

 フジロック2016全登場アーティストのうちもっとも悩ましいアーティスト。 

 私はデフヘヴンのところで図らずもかつてメタラーだったことを告白しているわけだが、当時はメタラーたるもの同じロックであってもパンクだの、ギターポップだの、そんな軟弱な音楽など認めてはならんという風潮があった。ギターは速弾きするもの、ボーカルはシャウトするもの、オーディエンスはヘッドバングするもの、そして必殺のバラードでは泣くもの、それが当たり前だった。楽曲がピコピコ言おうものなら、即座に批判を受け、ヒップホップの影響を少しでも出そうものなら異教徒扱いで、弾劾裁判にかけられる勢いだった。

 時代は過ぎ去り、フジロックにもベビーメタルが登場する。まさかのアイドルとメタルの融合である。いつからメタルはこんなにも懐が深くなったのか。メタル界は頑固一徹で、これはメタルだ、これはメタルじゃないという論争がつねにあった世界だ。私はその進化のまったくない世界に飽きてメタルを聴かなくなった。

 実はベビーメタルを聴いて驚いたことことがある。それはメタルとアイドルの融合とかそんな甘っちょろいものじゃなく、メタルをベースにポップ・ミュージックすべてを飲み込んでいる。アイドル・ソングって元々はそういったもんだろうという言い方もあると思うけれど、ベビーメタルのそれは正直、少し度を超えているように思う。これはメタルとかダンスの範疇ではなく、ミクスチャーロックと呼んだ方が正しいと私は思っている。 

 

Explosions In The Sky(エクスプロージョンズ・イン・ザ・スカイ)

  エクスプロージョンズ・イン・ザ・スカイはアメリカ・テキサス州出身のポスト・ロック・バンド。

 彼らは2012年にフジロックに登場した際にたまたま見た。その日はレディオヘッドの出演日ということもあって、フジロック史上もっとも賑わった日だったように思う。あまりの客足の多さにぐったりしながらカフェド・パリからの帰り道、ホワイト・ステージで彼らは演奏していた。

 私はそれまでエクスプロージョンズ・イン・ザ・スカイの音源を一回たりとも聴いたことがなかったが、あっという間に彼らの演奏に引き込まれた。夕暮れ時のもっとも良い時間帯でバンドも夕闇につつまれつつあり、非常に幻想的に見えた。あれは本当に素晴らしい名演だった。

 

Years & Years(イヤーズ&イヤーズ)

  イヤーズ・アンド・イヤーズはイギリス・ロンドンで結成されたエレクトロ・ユニット。

 ジャック・ギャラットはBBC Sound Of 2016の1位だったが、イヤーズ・アンド・イヤーズは2015年の1位だった。

 楽曲はシンセサイザーやキーボードが利用され大変キラキラしたポップ・ソングで、ボーカル(兼キーボード)のオリー・アレクサンダーがステージ上を行ったり来たりする。

 楽曲が本当にポップで印象的。そのコーラスが特に耳に残る。

 

Red Hot Chili Peppersレッド・ホット・チリ・ペッパーズ

  レッド・ホット・チリペッパーズはアメリカ出身のオルタナティブ・ギター・ロック・バンド。ミクスチャーロックの元祖、ギター・ファンク・ロック・バンドなどとも評される。

 2009年にギターのジョン・フルシアンテが2度目の脱退をした。が、私に言わせれば、ジョン・フルシアンテなどは、そりゃいればいた方が良いが、決してそこまで重要な存在ではない。私の世代のロックファンにとってはジョン・フルシアンテは不在の時間の方が長かった。彼はレッチリを構成する重要なパーツではないのだ。

 私は少し前、レッチリなんてたいしたことがないとかいうブログ記事を書いた(→link)。2016年においてレッチリはリアリティとパワーを失い、ファンも老人ばかりだとか酷いことを書いたな、すまない、あれは全部嘘だ。今現在でも、ベビーメタル以外に知名度のあるアーティストがいない日曜日の1日券を完売させ、そして新譜をパワフルにリリースするとんでもない生命力と活力にあふれたバンドだ。

 思えばジョン・フルシャンテが日本公演の途中で逃走したと聞いた時、私はレッチリは終わったと思った。「One Hot Minute」でそこそこの成功を収めたかに見えた直後にデイヴ・ナヴァロがあっさり脱退した時には私はレッチリは終わったと思った。なぜかジョン・フルシアンテが復帰し「Californication」が発表された時に、あまりにも枯れたアルバムの雰囲気から私は本気でレッチリは終わったと思った。2枚組の「Stadium Arcadium 」が発表された時にはあまりにも大仰なことにレッチリは終わったと思った。その後、ジョン・フルシアンテの脱退が発表された時には、ついにレッチリは終わったと思った。

 けれど、どこまでいってもレッチリは終わらなかった。

 あとレッチリには「Under The Bridge」くらいしか名曲がないとも書いた。あれも嘘だ。実は2016年のフェスにおて日によっては「Under The Bridge」はセットリストに入っていないが、あの曲がなくても「By The Way」だの「Californication」だの「Can't Stop」だのを演奏してくれれば、それでよいと思っている。個人的にはアルバム「One Hot Minute」が好きなので「Aeroplane」も演奏してくれたらな、とか考えている。

 

DJみそしるとMCごはん

 DJみそしるとMCごはんは日本のヒップ・ホップ・アーティスト。2人組ではなく女性MCのソロ・アーティスト。

 ほとんどのアーティスト/バンドがレッド・ホット・トリペッパーズの時間帯を避ける中、ほとんど唯一、ガチンコでレッチリの出演時間に登場するのがDJみそしるとMCごはん。場所はオアシスエリアの苗場食堂。

Battles(バトルス)

 バトルスはアメリカ・ニューヨーク出身のポスト/エクスペリメンタル・ロック・バンド 。

 グリーンステージでレッド・ホット・チリペッパーズが大円団を迎えるであろう頃にホワイトステージに登場するのがこのバトルス。

 前回のフジロックでもグリーン・ステージでたくさんのオーディエンスを集め圧倒的なライブを行なうなど印象深かった。

 たたみかけるようなリズムしかも変拍子で、観るものを初見であろうとなかろうと、そんなことお構いなしに踊らせる3人組。タイヨンダイ在籍時に作られた必殺チューン「Atlas」を含む1stに追いつこうかという勢いで制作され昨年にリリースされた3rdアルバムは全編インストゥルメンタル。この3rdが素晴らしい。このアルバムを引っ下げての来日で素晴らしいライブが期待される。

 

電気グルーヴ

 グリーンステージ一番最後の登場Special Guestとなるのは電気グルーヴ。かつてはクロージング・アクトとも呼ばれた枠だ。

 電気グルーヴ石野卓球ピエール瀧からなる日本のエレクトロニカ/ダンス・デュオ。 

 前回2014年の登場の時の様子は昨年末公開された映画「DENKI GROOVE THE MOVIE? ~石野卓球ピエール瀧」の中で少しだけ見ることが出来る。

 冒頭、ライブから戻ってきたところをスマッシュの日高代表に出迎えられるシーンからこの映画は始まる。

 フェスでの電気グルーヴはノンストップのダンスチューンが中心で、ほぼMCではしゃべらない事が多い。

 フジロックではお約束で「富士山」を演奏することが多い。

 

フジロック2016 3日目のまとめ

 そんなわけでなんとか3日目まで書き終わることが出来ました。

 タイムテーブルで確認すると電気グルーヴのライブは深夜0:30で終了のようで彼らを見るとかなり深い時間帯となりますが、天候と体調が許す限り彼らを見たいと思っています。

 3日目は一般的な目玉であるレッチリ見たさの大混雑も予想されますが、デフヘヴン、エクスプロージョンズ・イン・ザ・スカイ、バトルス、アヴァランチーズ、ボー・ニンゲンと初見でも楽しめるアーティストが勢揃いしていて、見どころ満載だと思ってます。

 それでは雨具と長ぐつと替えの財布と割り箸とモバイルバッテリーとウィダーinゼリーをもって苗場へ行きたいと思います。

 

 

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