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フジロック2017 1日目 私の見たいアーティスト/バンド

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フジロック2017

 ここ数年、フジロックに関しては見たいアーティストの動画をペタペタと貼っていくだけの更新を続けいていますが、今年もせっかくなので同じ感じで進めていきたいと思います。 

 もちろん私自身にはたいした知識もなく、グリーン・ステージ、ホワイト・ステージ、レッド・マーキーの3つの主要ステージだけで事足りてしまうようなメモですがよろしくお願いします。

 フジロック2017全体としては個人的にはLCD SoundsystemLCDサウンドシステム)、Death Grips(デス・グリップス)、小沢健二Corneliusコーネリアス)の登場する2日目土曜日に強く期待をしていますが、金曜日も並べてみると来日回数が少ないアーティストがけっこういて、かなり楽しみです。

  

1.Rag'n'Bone Man(ラグーン・ボーンマン)

 ラグ・アンド・ボーン・マンはイギリス・アックスフィールド出身のシンガー・ソング・ライター、もしくはソウル・シンガー。 

 2メートル近い(196cm)巨漢で、2017年にデビューアルバム「Human」を出したばかりの新人アーティスト。新人とはいえ1985年1月生まれということは2017年7月現在32歳になる。

 その巨漢にたがわぬパワフルでソウルフルな歌声。大物感があふれる存在。

 タイムテーブル的にはグリーンステージの13:20と少し早めの時間帯。

 私は7月に入ってからもっとも聴いているアーティストがラグ・アンド・ボーン・マンなのでかなり期待している。

 

2.Big Willie's Burlesque(ビッグ・ウィリーズ・バーレスク

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 ビッグ・ウィリーズ・バーレスクはドラマーWillie McNeil(ウィリー・マクニール)率いるバーレスク ・バンド。

 冒頭、グリーン・ステージ、レッド・マーキー、ホワイト・ステージで事足りると書いたがフジロックの華にして重要閲覧ポイント、カフェ・ド・パリを忘れてはいけない。そして、そのカフェ・ド・パリでもっとも注目するべきはこの人達。

 狭いカフェ・ド・パリのステージを喜劇的で滑稽な笑いとキャバレー的なセクシーさと踊りと音楽で魅了するバンド。それがビッグ・ウィリーズ・バーレスク

 フジロックのカフェ・ド・パリの番人的な立ち位置となっているため、このバンドをご覧になった方も多いはず。

 フィールド・オブ・ヘヴンから向こう、具体的にはオレンジ・カフェ、ストーン・サークル、バスカーストップ、カフェ・ド・パリの辺りは奥地とも呼ばれメインとなるグリーン・ステージやオアシス・エリアからは移動に30分近くかかる。この付近に一度だけ訪れたいと考えるならばビッグ・ウィリーズ・バーレスクの時間帯に合わせることを個人的にはおすすめしたい。

 

3.EDEN(エデン)

 エデンはアイルランド・ダブリンを中心に活動するシンガー・ソング・ライター兼プロデューサー。2017年7月現在21歳と若く才気溢れている。

 ギターで奏でるEDMとでも言うべきか。音源を聴いた感触と、動画を見た感触は個人的にはかなり異なっている。音源を最初に聴いたときにはエレクトロニカのようであり、繊細な音作りにも思えたが、動画を見た印象はむしろエレクトロ・ポップ・スターのような佇まいで、総合的な感想としては少し音楽的な志向は異なるけれど新しいJames Blake(ジェイムス・ブレイク)だと感じた。

 もちろんステージはレッド・マーキー。若く驚くべき才能がフジロックに登場する瞬間だと考えている。

 

4.RADWIMPS(ラッドウインプス)

  ラッドウィンプスは日本の4人組ロック・バンド。

2016年に新海誠監督のアニメーション映画「君の名は。」で劇中音楽を担当。ご存知「前前前世」の大ヒットで国民的人気バンドの地位を確定させる。

 このバンドには少し思い出があって、私の前のブログもしくは前の前のブログのどちらかの時にコメント欄でこのバンドのファンの方にラッドウィンプスは最高だから聴いてください、と言われたことがある。それがおそらく10年くらい前の出来事。ラッドウィンプスのボーカル・ギターの野田洋次郎は現在32歳とのことなので20歳前後の頃からの人気者ということになる。

 ステージは人気者にふさわしく一番大きいグリーンステージ。

5.Father John Misty(ファーザー・ジョン・ミスティ)

  ファーザー・ジョン・ミスティはアメリカ・ロックビル出身のシンガー・ソング・ライターのジョシュ・ティルマンのソロ・プロジェクト。

 ジョシュ・ティルマンはかつては(J・ティルマン名義で)活動をしていたが、ソロ活動をいったん取りやめFleet Foxes(フリート・フォクシーズ)にドラマーとして加入。その後脱退。2012年から新たにソロ・プロジェクトととしてファーザー・ジョン・ミスティを立ち上げる。

 下の動画はファーザー・ジョン・ミスティは今年リリースされた新譜「Pure Comedy」のM1「Total Entertainment Forever」のMV。マーコーレー・カルキンがカート・コバーンを演じている。

 

6.スチャダラパー

 スチャダラパーは日本のヒップ・ホップ・グループ。

 スチャダラの盟友・小沢健二タモリが司会をする音楽番組ミュージックステーションで公式アナウンスより先にフジロック17への出演を勝手に発表した段階からスチャダラパーフジロックへの参加は運命づけられていた。

 「今夜はブギー・バック 」がセットリストに入っているかどうかは分からないけれど、おそらく夏フェスでの彼らの定番曲「サマージャム'95」は、サマージャム2017なんつって必ず直球なタイトルつけちゃってね、確実に披露されるはずだ。

   

7.Catfish And The Bottlemen(キャットフィッシュ・アンド・ザ・ボトルメン)

 キャットフィッシュ・アンド・ザ・ボトルメンはイギリス・ウェールズで結成されたギター・ロック・バンド。 UKの王道インディーロックバンドのような強くくっきりとしたメロディを持つ。

 ちなみにキャットフィッシュとはアメリカナマズのこと。補足しておくとバンド名はヴォーカルのヴァンが子供時代にシドニーで見た大道芸人の名前をもじって拝借したとのこと。

 2015年のフジロック3日目に登場予定だったがメンバーの体調不良のためあっさりキャンセル。旬と思われたUKロック・バンドがこういった形で来日の機会を逃す場合、その後行方不明になる確率が大変高いが、彼らはなんとかここまでサヴァイヴ。

 

8.The xx(ザ・エックス・エックス)

 The xxはイギリス・ロンドン出身のドリーム・ポップ・バンド。

 楽器の編成的にはギター、ベース、キーボードの3人編成で、女性/男性のツインヴォーカル。私が2010年レッド・マーキーでライブを目撃した時には、「Crystalised」の演奏の際、隣の外国人はでかい声でこの曲のイントロを口ずさんでいた。また同じく「Crystalised」という曲には、「ハイアイアイアー」と掛け合う部分があり、こう書けば言葉の上では純然たるロック・バンドのようでもありパンク・ロックのようにすら思えるが、実際にはドリーム・ポップというカテゴライズがしっくりくる佇まいで、雰囲気がある。フジロックとしても三回目の登場で、それぞれレッド・マーキー、ホワイト・ステージそして今回のグリーン・ステージと着実にステップアップしている。

 各国の主要フェスでもだんだん大きなステージで重要なポジションをまかされつつあり、Sigur Rósシガー・ロス)やBjörkビョーク)のようにヘッドライナーを任されてもおかしくない大物感がある。

 バンドと音楽の特性上、暗くなってからの時間帯もしくは室内向きのバンドで、そういった意味では、19:20からの登場はThe xxの雰囲気にぴったりとくる。

 ことし2017年に3枚目となるアルバム「I See You」をリリースしたため、セットリスト的にはこの新譜が中心の楽曲になると思われる。

 

9.Rhye(ライ)

 ライはマイク・ミロシュとロビン・ハンニバルによるソウル・デュオ。

 彼らのデビュー・アルバムが発表されたのは2013年のことだ。その2013年に彼らはフジロックに登場している。2013年のフジロックに関しては私はひとつの後悔がある。そのことはこのブログに書いた。内容としてはライのライブを見逃したことだ。(→link)

 ライのヴォーカル(マイク・ミロシュ)は音源だけを聴くとある種シャーデーのような気だるい女性ヴォーカルを想起させる。しかし実際のヴォーカルは男性だ。いや注目するべき点はそこではない。アルバム音源と実際の演奏が異なる点は動画を見ていただければわかるが、デュオと書いたがジャムバンドのような編成で、演奏に長けているメンバーが揃っているということになる。

 2013年のライについて最高だったという感想のツイートを私は自身のタイムラインでいくつか見たが、多分そのとおりだったんだと思う。

 

10.Sampha(サンファ)

 サンファはイギリス・ロンドン出身のR&Bシンガーもしくはシンガー・ソング・ライター。 

 サンファは今年(2017年)初のフルアルバム「Process」をリリースしている。とは言え、日本の夏フェスつまりフジロックサマソニには過去にSBTRKT(サブトラクト)のヴォーカリストとして合計3度ほど参加しており、知った顔ということになる。

 ただしここ数年で、Solange(ソランジュ)、Kanye West(カニエ・ウエスト)、Frank Ocean(フランク・オーシャン)らと共演し、その存在感を強めている。

 サブトラクトとの関わりからダブステップ/エレクトロニカ/ダンスとの関わりが強くミステリアスな印象が強く、また、ラップありのブラックミュージックを想像しがちだが(少なくとも私はそうだ)、今回リリースされたアルバムを聴く限りでは、ゆったりとしたピアノ演奏が似合う大人のコンテンポラリーなR&Bの成分が強いと感じる。

 とはいえ実際には、全編そんな内容のアルバムかというとそんなこともなく、サブトラクト的な雰囲気は多分にあるのだが、サブトラクト時代には私がかなり鈍感で気がつかなかったこととして、サンファは「声」が独特で印象的だ。今回のデビューアルバムで言えば「Plastic 100°C」が印象に強い。そのためか、イメージとまったく違う雰囲気を私が掴んでいるだけなのかもしれない。サンファはひたすらに私にとって、とらえどころのないアーティストだ。

 

11.Queens Of The Stone Ageクイーンズ・オブ・ザ・ストーン・エイジ

  クイーンズ・オブ・ザ・ストーン・エイジはアメリカ・カルフォルニア出身のハード・ロック/オルタナティヴ・ギター/ヘヴィ・ロック・バンド。

 ダークでハードでヘヴィでアグレッシヴなギターリフを決めるバンド。

 クイーンズ・オブ・ザ・ストーン・エイジと言えば夏フェス来日キャンセルの代名詞でもある。過去にフジロックサマーソニックでは2005年、2008年、2011年の合計3回の出演発表後のキャンセルの実績がある。

 ただしヴォーカル・ギターのジョシュ・オムは2010年に元Led Zeppelinレッド・ツェッペリン)のジョン・ポール・ジョーンズがベースを弾き、Foo Fightersフー・ファイターズ)のデイヴ・グロールがドラムを叩くバンドThem Crooked Vultures(ゼム・クルックド・ヴァルチャーズ)のフロントマンとして、フジロックのグリーンステージに登場している。またクイーンズ・オブ・ザ・ストーン・エイジ自体も2002年のフジロックで演奏を行っている。

 今回のフジロックへの来日が果たされるかどうかが大変興味深いところでもある。

  そして何より夜の暗に包まれたホワイトステージをヘヴィなリフで切り裂くことを期待している。

12.Gorillazゴリラズ

 ゴリラズは1998年にイギリスでデーモン・アルバーンとジェイミー・ヒューレットらにより結成されたオルタナティヴ・ロック/ ヒップホップ/エレクトロ/トリップ・ホップ/覆面バンド。

 もちろんフジロック2017金曜日の最大の目玉のアーティストである。

 ゴリラズそのもの活動としては今年リリースされた新譜「Humanz」で5枚目のアルバムということになる。

 ゴリラズ結成当初はアニメーションがによる演出が中心で、ライヴの際にはデーモンも白い幕の後ろに引っ込んで姿を表さないスタイルだったが、ある時期から演奏をするバンドメンバーそのものがスポットライトを浴びる形で登場するようになった。

 今回のアルバム「Humanz」ではデーモン・アルバーンがヴォーカルをとる曲は「Busted and Blue」ただ一曲で他の曲はすべて客演アーティストがボーカルをとっている。

 ゴリラズはアルバムの形式としてたくさんの客演アーティストが参加しているが、これをアニメーションなしでどのように対応しているのか気になったが、大規模なグラストンベリーのようなイギリス本国でおこなわれるフェス以外のライヴではスクリーンに大写しで、客演アーティストが映し出されることが多いようだ。

 

フジロック2017 金曜日まとめ

 フジロック1日目の注目アーティストはやはりゴリラズ。おそらく客演アーティストはほぼ登場しない形と想像されるけれど、それでも華やかであろうステージに注目です。

 また、ファーザー・ジョン・ミスティ、エデン、ラグ・アンド・ボーン・マンの3アーティストにも期待したいです。

 実力は折り紙付きながら来日そのものに不安のあるクイーンズ・オブ・ザ・ストーン・エイジにも期待したいですね。

 ライとThe xxはライブに定評があると思うので私は絶対に見たいと考えていますが、他との兼ね合い上どうなることでしょうか。

 

 2日目と3日目はそのうち書きます。

 まずはフジロック2017 1日目見たいアーティスト/バンドリストでした。

 

 

 

 

将棋めし 1巻/松本渚

最近、飯を食う漫画と将棋がブームとなっている。 

 
 

将棋の話

 2017年の夏、藤井聡太四段の登場により、何度目かの将棋ブームが到来した。過去に将棋ブームとよばれているものは何度かあったが、今回のブームは羽生善治名人が七冠王となった1995年から1996年頃の将棋ブームと比較されることが多い。

 そして私がこの文章を書いている2017年7月2日ついに藤井聡太四段(14歳・中学3年生)はデビュー以来初の敗北を喫し、将棋界としての公式戦最多連勝記録を「29」でストップさせた。

 その敗北はNHKでもニュース速報が流れるほどの話題性となった。

 藤井聡太四段の連勝はここにいたるまで速報レベルで取り上げられ、彼の一挙手一投足つまり行動のすべて、そして彼の発する言葉までもが全国的なニュースとなっていた。

食う漫画の話

 将棋の話はいったん置くとして、最近食う漫画が増えている。食をテーマにした漫画は今までもたくさんあったけれど、それはどちらかと言えば作ることに重点をおいた漫画が多かったように思う。

 以前は作り手として料理人と料理人がお互いの腕前とプライドをかけて争う、そんな漫画が多かった、言ってしまえば要は食の皮をかぶったバトルマンガだ。例えば「料理の鉄人」は、そんな漫画的発想、バトル漫画的発想から生み出されたテレビ番組だったと私は思っている。

 けれど、最近はどちらかと言えば食うことに話の力点をおいた漫画が増えている気がする。主人公はただひたすら食う。ひたすら食う。そしてその主人公はリアクション芸人のように、いろいろな手法をもってその味わいを伝える。

 食う漫画はだいたいにおいて深いストーリーはない。日常の延長線上において疲れた体を癒やすために飯を食う。それは、日々のストレスであったり、逆に嬉しい思い出であったり、至福の瞬間であったり、若干のウンチクであったりと何かしらを肴に食う。時と場合によっては呑む。食う漫画にそれ以上をもとめてはいけない。

 いや前にも紹介した(→link)「目玉焼きの黄身 いつつぶす?」のように食う漫画でありつつも魂と魂がぶつかりあう、生き方を問う漫画ももちろん存在する。

 

僥倖

 連勝を20に伸ばしたとき藤井聡太四段は「僥倖」という言葉を口にした。

 この僥倖という言葉に皆さんはどんなイメージを持つだろうか。

 私は僥倖という言葉から青田昇さんというすでに亡くなってしまった年配の野球解説者の方を思いだす。青田昇さんは野球解説者でありながら、激しい巨人びいきで巨人以外のことはあまり興味がなく、話題の8割が巨人の話だったように思う。パ・リーグの選手にいたっては、ほとんど選手の名前すら覚えることがないような方だった。けれど、この方は難しい言葉をたくさん知っており、また切り口が鋭く、野球そのものを熟知していて(パ・リーグの選手はあまりご存知なかったようではあるけれど)、ある種ご意見番のような存在だった。

 そんな青田昇さんはスポーツニュースの中で「この勝利は僥倖だよ、ダンカン」と語り、僥倖の意味について丁寧に解説をしていた。僥倖という言葉は何度か登場していたので、その時に私も覚えた。難しい言葉を使うけれど、分かりやすく自分の考えていることを、野球というものを伝える方だった。極端な方ではあったけれど、私は青田昇さんの野球観が好きだった。

 

 そんな理由からか、私は「僥倖」という言葉から故・青田昇氏を思い出す。

 けれど、インターネットの世界では「僥倖」で、故・青田昇氏を思い浮かべる人は少数派であり、「僥倖」といえば、おそらくはあのギャンブル漫画の主人公カイジを思い浮かべる人が多数派ではないだろうか、と思う。

 

「僥倖、なんという僥倖っ…!」

 カイジが口にする独特の言いまわしも含めて、脳みその片隅に強く、強くへばりついている方が多いはずだ。

 

 ところで「カイジ」は作者の福本伸行の手を離れ、いくつかのスピンオフを生んでいる。「中間管理録トネガワ」と「1日外出録ハンチョウ」がそれにあたる。

中間管理録トネガワ」にいたっては「このマンガがすごい2017」において1位を獲得している。この漫画はカイジの中に登場する印象的なフレーズ、例えば「悪魔的発想」だの、「圧倒的xx」だのを、頻出させることによりカイジの持つ雰囲気を強く醸し出している。中間管理職のマネジメントの、人材管理の漫画として、面白く、コミカルに描かれていて秀逸な作品だ。けれど、そのカイジの必殺フレーズの頻出度合いの高さによって、私には何か、カイジの悪しき拡大再生産のような、ネット上にあふれる粗悪なパロディ作品のような気がして、そこまでこの作品を好きだとは言い切れない。

 一方「1日外出録ハンチョウ」はあの帝愛グループの地下労働施設で、E班班長を務める大槻を主人公とした食う漫画である。大槻が普段の不自由から外れ、自由をいろいろな形で満喫する一風変わったグルメ漫画ということになる。こちらはどちらかと言えば私は非常に好きな作品ということになる。

 実は「中間管理録トネガワ」にも食うシーンが何度か登場する。不思議なことにトネガワの中の食う回は私はとても好きだ。そういった意味で私は食う漫画に心を強く惹かれているだけかもしれない。

  

中間管理録トネガワ(→ link) 

1日外出録ハンチョウ(→ link) 

 

 

もう一度将棋の話

 何度目家の将棋ブームと書いた。ワイドショーでも、連日、大きく藤井聡太四段を取り上げている。 

とはいえ、藤井聡太四段がどんな打ち筋を好むとか、どんな戦法や囲いを使うとかそんな話題はいっさい出ることなく、テレビのお茶の間的な、ワイドショー的な話題の中心は、彼の食事についてだ。

 

 もともとプロ棋士のお昼ごはんやおやつ、そして夕食については将棋ファンの間では話題になりやすいテーマであり、ファンの間では楽しみのひとつでもある。

 例えば羽生善治名人の「天ざるそば 天ぷら抜き」はあまりにも有名で、先ごろ引退した「昼もうな重、夜もうな重」の加藤一二三九段が「カキフライ定食とチキンカツ定食」を一度に注文したエピソードはすでに伝説の域に達している。

 

 藤井聡太四段の連勝は加藤一二三九段との対戦から始まったわけだが、この対局ではお昼ごはんに「みろく庵」の「味噌煮込みうどん」を注文している。

 東京での対局の場合、将棋会館近くの「みろく庵」「うなぎ ふじもと」「千寿司」「そば ほそ島や」の四つが、棋士の出前を取る店として有名だ。

 実は日本将棋連盟のウェブページはこのあたりの情報が充実している。

 

タケナカミカが突撃!将棋会館近くのおすすめグルメスポット7選【前編】|将棋コラム|日本将棋連盟

 

みろく庵では○○トッピングがブーム!?将棋会館近くのおすすめグルメスポット7選【後編】|将棋コラム|日本将棋連盟

 

将棋めしの話

 さて、本題である「将棋めし」という漫画について語りたい。

 その題名の通り将棋とめしに関する漫画となる。

 「将棋めし」の主人公・峠なゆた六段は若い女性のプロ棋士となり、女流棋士ではない。

 

 女流棋士とプロ棋士の違いとは何か。

 女性への将棋の普及の意図をもって作られた存在が女流棋士だ。女性でも奨励会に入り、三段リーグを勝ち上がればプロ棋士となれる。けれども、現在の将棋界には女性棋士は一人もいない。そういった意味ではこの漫画はファンタジーだ。

 けれど、この漫画に書かれている将棋とめしのエピソードは、現実の将棋から近い場所にあるように思う。

 作中でも「みろく庵」や「うなぎ ふじもと」、「ほそ島や」が登場し、棋士がどのタイミングでお昼のメニューを決断し、どのようにお金を払うのかが描かれている。

 もちろん将棋ファンの間ではニコニコ動画の中継などで、その様子を見ていて知っているため有名なことではあるかもしれない。

 

「将棋めし」に登場する棋士たちはお昼時、もしくは夕食時に食事、もしくはおやつを盤外戦としてを戦っている。いや、全員がそういうわけではないが、食事という重要な部分を戦いの一部としてとらえている。けれど、それは、強度のある争いとしては描かれていない。

 過去の有名騎士たちのエピソードのオマージュをくわえつつ、この物語は作られている。この漫画には今のところびっくりするような大きなうねりはない。おそらくは今後もそんなものはない。どちらかといえば将棋とプロ棋士について少しだけ知った入り口に立った新たなる将棋ファン向けの、ちょっとしたウンチクに役立つ物語だと思う。そいうった意味ではこの漫画は、食う漫画の延長線上にある。

  

鰻の話

 加藤一二三九段の影響か、この「将棋めし」には鰻が何度か登場する。

 この鰻が大変、美味そうだ。

 過去にモーニングという漫画雑誌で、ラズウェル細木が主人公の若旦那がひたすら鰻を食うだけの物語を連載していた。とても愉快な漫画ではあったけれど、あの漫画を読んで、鰻がうまそうだと思ったことは実は一度もない。

 けれど、「将棋めし」に登場する鰻は大変うまそうだ。

 私はそんなことを考えながらこの漫画を読んでいる。

 

 

 う (→link)

 

グイン・サーガがまだ続いていること

 私は小学生の頃から栗本薫という作家が好きだった。

 初めて読んだ栗本薫の作品は「魔界水滸伝」という長編の小説だった。結局この物語は、完結することなく途中で作者の栗本薫が投げ出してしまうわけだが、まあそれでも十分に楽しかった。

 栗本薫といえば「あとがき」なわけだけれども、「魔界水滸伝」は途中まで「あとがき」がなく毎回シリアスな感じで終わっていた。けれど、「あとがき」がつくようになるとシリアスな読後感に急にお笑い路線というか深夜ラジオのノリが入り込んできて、小学生の私は困惑した。

 その栗本薫も2009年に亡くなった。

 

 栗本薫の代表作と言えばもちろん「グイン・サーガ」で、私もほどなく「魔界水滸伝」だけでなく「グイン・サーガ」を読み始めるようになった。私はこの物語の中ではアルゴスの黒太子スカールが大好きだった。

 「グイン・サーガ」を栗本薫は自身のライフワークと位置づけ、たしかにその通り精力的に豹頭の戦士グインとその他の主人公たちの物語を綴った。けれど栗本薫はその「グイン・サーガ」を完結させることなく亡くなった。

 

 今でも、書店にいくとグインサーガの続刊が次々に刊行されている。これはどういった経緯なのかは私は知らないが、五代ゆう宵野ゆめという二人の作家さんによって何とかこの物語は書き継がれている。その不思議な感覚に手にとるべきかどうか迷いながら、その周りをぐるぐる、ぐるぐると旋回しているのが2017年6月の私だ。

 ウィキペディアを読むと2013年11月より続刊が刊行されているとのことなので、4年近い歳月となる。

 

 栗本薫が好きだと言うと、親戚のおばさんは、その人ならクイズ番組に出ているよと、小学生の私に親切にも教えてくれた。テレビに出る時の名前は中島梓だという。私はその番組を毎週見ていたので大変驚いた。

 番組名は「象印クイズ ヒントでピント」。とても有名な番組で、象印といえば私はヒントでピントのことを今でも思い出す。逆に言えば象印というメーカーにはそれ以外の印象がない。フジロックの時に象印がブースを出していることを発見した時には、懐かしさのあまり震えた。うちつける雨が寒かったわけではない。懐かしかったんだ。

 話を戻す。クイズヒントでピントに出演していた中島梓は女性だった。私は栗本薫を男、しかも渋いハードボイルドチックな男性だと思っていたので、かなり衝撃を受けた。そもそもを言えばペンネームについてうまく理解の及ばない小学生だったので、なぜ栗本薫中島梓なのかわからなかった。本能的に思った。「この中島梓という人は栗本薫じゃない」と。

 

 実はいまだに栗本薫中島梓であることについてうまく理解できていない。

 もちろん中島梓の著書はそれなりに読んだ。たとえば「わが心のフラッシュマン」というエッセイはただの一度もフラッシュマンを見たことのない中島梓フラッシュマンについて延々と語るという、エッセイ史上に残る傑作であるし、それはまさに栗本薫の「あとがき」に通じるものがある。けれども小学生の時に思った、「この人は中島梓であって栗本薫じゃない」という感覚は抜けずにいる。栗本薫はハードボイルドな男性でどこかのバーでダンディーに一人無言でタバコを吸っているはずだ。

 

 五代ゆう宵野ゆめの二人の方の書く「グイン・サーガ」は、ひどく「グイン・サーガ」の世界にピッタリと来ているかもしれない。けれど中島梓ですら栗本薫であることがうまく感覚としてつかめない自分にとっては、今はまだ距離をおくべきものなのでは?と最近発行されたグイン・サーガについて感じてしまうのは仕方のないことではないか、といって自分の考えを正当化してみたりする。

 

 

 

 

ズンドコベロンチョとFacebook

 

Facebookフェイスブック)ってなんなんですかね?」

  不意をつく問いかけに私は言葉を失った。

 
  

 それは休憩中の出来事だった。

 問いかけてきたのは私の上司。この方はどんな時も私に対して丁寧な敬語で話す。私のような吹けば飛ぶようなミジンコの如き存在にきちんとした態度で接する意味など合理的に考えればないと思われるけれど、ともかく私の上司は一般的な教養と節度のある常識的な態度で私に問いかけをしてきた。Facebookとは何なのかと。

 この人がFacebookの事を知らないわけがない。

 いや、それどころか普通に私の上司はFacebookを利用している。

 つまりこの場合Facebookとはマーク・ザッカーバーグハーバード大学在学中に立ち上げたソーシャル・ネットワーク・サービスであり、今や全世界で10億人以上のユーザーが利用しているとか、そんな答えを求めているわけではないはずだ。

 もっと冷静に考えればFacebookへ広告を出した結果について先々週の会議で議題に取り上げられていた。

  おそらくは問いかけの内容に深い裏の意味が隠されているに違いない。けれど、どんなに考えても、その裏の意味を考察することが出来ず、私は冷や汗をかいた。

 それは禅問答のような哲学的な回答を求められているのだろうか。それとも、私にとってのFacebookの存在価値を答えるべきなのだろうか。

 

「質問の意図をつかみかねますが…」

 

 仕方がないので私は正直に問いかけの意味がわからない、と白状した。

 

「いや、SNSとかメールとか色々あるじゃないですか。TwitterとかMixiとかLINEとか。もっと言えばインスタグラムとか。その中でわざわざFacebookでコミュニケーションを取る意味って何なんだろうかなあ、と思って」

 

 SNSの使いどころの話をしているんだろうか。 Facebookの特徴は実名登録となっており、実名であることを前提にコミュニケーションを取る。もっと言えばTwitterやインスタグラムのようにネットで新たなる出会いをもって友達リクエストを申請することを運営は良しとしていない。あくまでも普段の交流の延長線上にFacebookは存在している。けれど、もともと知り合いであることを前提に利用されているネット上では非公開でやりとりされているLINEやメールともやはり何かが異なる。

 結局、私はここでは上司からの問いかけにお茶を濁した返答しかできなかった。

 

 私はこの時、何年か前にリメイクされ放送されたドラマのことを思い出していた。

 それが放映されていたのは土曜日の夜だったと思う。フジテレビ系列の「世にも奇妙な物語」の中の一つの物語「ズンドコベロンチョ」のことだ。

 「世にも奇妙な物語」はタモリストーリーテラーをつとめ10分から20分程度の短編ドラマをオムニバス形式で放送しているドラマであり、90年代初頭にはレギュラー放送がされていた。以降は特別編として思い出したように新作が発表される形式となった。

 「ズンドコベロンチョ」は初期のレギュラー放送時代に放映されたうちの一話ということになる。

 その20年ほど前に放映されていた際に主人公を演じていたのが草刈正雄となる。そう、昨年の三谷幸喜が脚本を書いたNHK大河ドラマ真田丸」の前半戦では実質的な主人公であった真田昌幸役のあの俳優だ。

 

 「世にも奇妙な物語」のうち過去作で人気の高かったものを選出し、リメイクしたもののうちのひとつが今回といっても数年前に放映された「ズンドコベロンチョ」となる。

 「ズンドコベロンチョ」は有名な作品だし、今更感もあるが一応あらすじを説明すると----

 知識量/情報量なら誰にも負けないと自負し、仕事の上でも必ずしも一般的ではない最先端かつ難解な用語を次々と操るエリートサラリーマン(リメイク版ではIT会社社長)が主人公。そして自分の操る言葉を理解できない部下たちを勉強不足であり、無能と蔑む。ところがある時そんな部下たちの会話から「ズンドコベロンチョ」という謎のキーワードを耳にする。その会話の中から誰もが知っている言葉として「ズンドコベロンチョ」は登場する。

 日常の中で無能扱いしていた部下から「ズンドコベロンチョ」について同意を求められた主人公は思わず知ったかぶりをしてしまう。その場はなんとかやり過ごしたものの、主人公はその後色々な方法で慌てて「ズンドコベロンチョ」の意味するものを理解しようとする。けれど、どんなに頑張っても調べても抽象的であったり、説明や使用法に共通性がなく、その言葉の意味するところに辿りつけずにいた。

 次第に「ズンドコベロンチョ」はどんどんと影響力を増していき、ついには大流行語となる。けれど、そんな中主人公は「ズンドコベロンチョ」の意味するところをつかめずにいる。

  そして主人公は「ズンドコベロンチョ」の大きなプロジェクトのリーダーに選ばれる。がついに知ったかぶりでは対応できず「ズンドコベロンチョって何!?」と皆のまわりで口にする。それにより主人公の権威は失墜する。

 

 「ズンドコベロンチョ」という言葉を調べる部分が、初回の放送版では図書館などで地味に本や過去の雑誌を見るなどの作業だったことに比べ、今回のリメイク版ではググったり、iPhoneのSiriに各国の言葉で尋ねてみたりと今風のアレンジが加えられていて少し楽しかった。

 

 話を戻そう。ズンドコベロンチョFacebookについてだ。

 私たちは時として分かった風な口をきく。それは「ズンドコベロンチョ」の主人公のように決して知ったかぶりをしようと意図してのことばかりではない。

 わかっていると勘違いしているにすぎないんだ。

 たとえば上司にFacebookってなんなんですかねえ、と質問を受けた私は石のように固まってしまい、何の返答もできないでいた。

 それは知らない、ということとどれほどの違いがあるんだろうか。

 

 私はFacebookについてびっくりするほど知らない。いや使ってはいるけれど、それでもFacebookについて不意に質問をされた時にはいっさいの言葉を失うくらいには知らない。

 いや、それならばTwittermixi、インスタグラムについて知っているのかと問われると困るけれど、私が言いたいのはそんなことじゃない。

 

 私もなんだかんだでFacebookを使っている。リアルな繋がりのある知り合いとも何人もつながっている。けれど、あれは、Facebookの中にいる彼らは本当に私の知っている彼らなんだろうか。いつもと違う言語を使う違ったナニカに思える。

 Facebookの中の彼らはきっと私の知らないズンドコベロンチョつまりズンベロの事を詳しく知っていそうだ。彼らは、Facebookの中の彼らはズンドコベロンチョを知らない私のことを軽蔑するだろう。

 いやリアルで直接会う私の知人たちはズンドコベロンチョを知らない私を軽蔑しない。むしろ面白い人としてあつかってくれる。この違いは一体何なんだろうか。

 

 Facebookには謎のフィルターがかかっている。

 そんなことを思った。

 Facebookで醸し出されるコミュニケーションはズンドコベロンチョにどこか似ている。

 ズンドコベロンチョの正体はFacebookかもしれない。

 

 

 

 ドラマでのズンドコベロンチョは最後の最後までズンドコベロンチョが何を意味するのか、その答えの説明はなされない。もちろん恐らくは脚本を書いた北川悦吏子ですらズンドコベロンチョが何者であるかを想定していないと思う。

 

 ズンドコベロンチョに答えを求めてはいけない。ネタバレを求めてはいけない。もちろんズンドコベロンチョFacebookではない。ズンドコベロンチョは結末を楽しむものではない。

 ズンドコベロンチョはその過程を楽しむもの。ズンドコベロンチョとは何かを求め、彷徨い、七転八倒する様でしかない。

 それが私の至った結論。

 

 

 

 

 

 

 

多摩蘭坂もしくはRCサクセションのベストアルバム

 昨日の夜。急な坂道を歩いていた。ふいにRCサクセション多摩蘭坂という曲を思い出した。

 私は中学生から高校生くらいまでの時期、忌野清志郎とRCサクションの事が大好きだった。RCサクセションは何枚も何枚もベストアルバムを出すグループで、高校生となってアルバイトをするようになりある程度自分の自由にお金が使えるようになると、何枚も、何枚もRCサクセションのベストアルバムを買った。 

 
 10代の頃に忌野清志郎RCサクセションが大好きだったと書いた。

 嘘だ。

 今でもずっと変わらず好きだ。

 特に当初のレコード会社(東芝EMI)から発売中止となり問題作として世に送り出されたアルバム「COVERS(カバーズ)」はロックの歴史そのものだと思うし、覆面バンドとしてのザ・タイマーズの活動はその後イケすかないニュースキャスターとして活躍する古舘伊知郎にも衝撃を与えたし、ライブ盤「ティアーズ・オブ・クラウン」は名盤中の名盤だと思うし、忌野清志郎&2・3’S(ニーサンズ)はあまりにも批評的なバンドだったと思うし、とにかく忌野清志郎の在りし日の姿は私の胸と耳に残っている。

 その意味合いにおいては忌野清志郎RCサクセションも私の中では現役のバンドでしかない。

 

 私は忌野清志郎のことがずっと好きだった。けれど、あまり忌野清志郎のことについてブログなどで書いたことがないので少しだけ書いておいきたいと思う。

 とはいえ、私の忌野清志郎に関する思い出全部を語れるものでもないので、ほんの少しだけ。

 

 高校生が限られた時間の中でアルバイトをして得られるお金は限られている。その中でRCサクセションのCDを買うということはものすごく悩みが深かった。

 当時のRCサクセションは、レコード会社の関係かそれ以外の理由かはわからないけれど、ベストアルバムが異常にたくさんあった。ライブ盤なども複数あったため、同じ楽曲、例えば「スロー・バラード」や「雨上がりの夜空に」も複数バージョンがあって、どのアルバムが当たりでどれが外れかなんてよく分からなかった。

 もちろんオリジナルアルバムを買うという選択肢もあったはずだが、金のない高校生にとっては効率の良いベストアルバムを買うということは必然に思えた。

 結果として私はRCサクセションのベストアルバムとライブアルバムを何枚も何枚も買い漁ることになる。効率を追い求めたはずが結果として非効率になることは、世の常だ。

 

 何曲も重複曲のあるベスト・アルバムを私は丁寧に聴いた。なけなしのお小遣いで買った週刊少年ジャンプを最初から最後まで、なんなら巻末にのっている荒木飛呂彦先生のコメントまで繰り返し読み返している小学生のようだった。

 忌野清志郎がテレビに出演していた際に、同じ番組の出演者の方に「キヨシローさんの声はとっても良い声ですね」みたいな事を言われていることが、ままあったと思う。実は私はよく分からなかった。忌野清志郎の声は独特ではあったけれど、「良い声」というカテゴリで考えたことはあまりなかった。

 

 私が忌野清志郎の何が好きだったか、ということはわりとはっきりしている。

本当に単純に、その姿勢、態度だった。

 それはつまり「俺は自分の歌いたいことを歌うだけ~」というスタンスを忌野清志郎は貫いたことと私は思っている。

 よく言われる、政治的とか、左翼的みたいな、ことには一度もピンと来たことがない。自分の歌いことを歌うだけ。それだけで十分ロックは成立する。

 言ってしまえば「僕の好きな先生」も「言論の自由」も「宝くじは買わない」も「ラヴ・ミー・テンダー」や「サマータイムブルース」のカバーも「原発賛成音頭」も「トランジスタ・ラジオ」も全部根っこは同じなんじゃないかなって思っている。

 

 冒頭で急な坂道を歩いていると多摩蘭坂という楽曲を思い出したと書いた。

 私のiPhoneにはRCサクセションのベストは入っていない。上にあげた幾つかのRCサクセション忌野清志郎関連のアルバムはそうしているけれど、RCサクセションのベストは聴ける状況にない。思えば10年以上、聴いていないということになる。

 

 昔、高校生のころ、音楽評論家の文章を読むと、The Beatlesビートルズ)のアルバムを最近10年くらい聴いていない、みたいなことが書いてあったことを思いだす。一人や二人ではなかったように思う

 衝撃的だった。彼らは本当に音楽評論家なのか。音楽が好きなのか。と当時は思ったものだ。ビートルズを聴きはじめた高校生らしい憤りだたっと思う。

 今の私は彼らとあまり差がないことをしている。

 けれど、今ならわかる。急な坂道を歩いていると、多摩蘭坂のメロディが私を優しく包む。10年、RCサクセションのベストアルバムを聴いていないことなど、たいした問題ではない、ということだ。

 高校生の頃にきいたRCサクセションのベストアルバムは特にこれといって、目をみはるエピソードなど何もないけれど、かけがえのないものだったということ。 

 

 

コージィ城倉とプレイボール2

 

 今年(2017年)の春からコージィ城倉が「プレイボール」の続編を描いている。

「プレイボール」とはもちろん、ちばあきおが自身の作品「キャプテン」で初代のキャプテンを務めていた谷口が中学を卒業した後、墨谷高校に入学して以降を描いた物語のことだ。

 墨谷高校は弱小で甲子園とは程遠いところにある。その中で谷口がチームを引っ張り、活躍していく話ということになる。ところがこの話は不思議な事に、一つ下の後輩丸井と、二つ下の頼りになる後輩イガラシ、イガラシの強敵でもあった井口が揃った段階つまり谷口3年の春で、いったん話が終了している。

 その後ちばあきおが亡くなったこともあって、谷口の高校野球は春のままずっと止まっていた。

 

 プレイボールの続編をコージィ城倉が描くと聞いた時、少しばかり驚いた。

 私はコージィ城倉の描いた漫画とコージィが原作(森高夕次名義)の漫画をそれなりに読んでいる。「おれはキャプテン」「ロクダイ」「プニャリン」「ももえのひっぷ」「ショー☆バン」「ストライプブルー」「グラゼニ」「江川と西本」。特徴としては話が長くなってくると途端にぶん投げ気味に終わるようなところもある。

 コージィ城倉の描く漫画の主人公はどちらかと言えば、色々なことに思い悩んだり、ストレートではない紆余曲折ある思考をしていたりして、ちばあきおの描く猛特訓、猛練習でなんでも乗り越えてしまう登場人物たちとは何か毛色が違うようにも思えたからだ。

 

 「プレイボール2」はグランドジャンプという雑誌に掲載されている。私はこの雑誌のことを知らなかった。

 手に取ると懐かしの「キャプテン翼」も掲載されている。

 復活の第一話ではグランドジャンプの表紙を谷口が飾っている。実は第一話を読んでびっくりした。絵柄が、ちばあきおがそのまま描いたんじゃないかと思えるくらいに完コピされていた。往年の詳しいファンが読んだら全然違うよ、というかもしれないけれど、私からしたら素晴らしい、の一言でしかない。

 

 この記事を書いている今、「プレイボール2」は第4話まで進んでいる。少しばかり喋りすぎる谷口は、なんだかカズマサ(おれはキャプテンの主人公)っぽいけれど、それでもまだまだ期待が持てる内容と思って読んでいる。

 

 ところで、これは「プレイボール」よりもむしろ「キャプテン」でのイメージになってしまうけれど、今1年生として入学してきたばかりのイガラシはイチローに似ている。これはイチローも認識していて、過去のインタビューなどの中で何度か発言しているようで、イチローもイガラシが好きらしい。 

 

 まだ、イガラシが活躍するところまで話が進んでいないけれど、谷口が谷口らしく、丸井が丸井らしく、イガラシがイガラシらしく話が展開することを期待している。

 

 

2016年のこと(個人的で大雑把なまとめ)

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2016年の個人的なまとめについて

 個人的なまとめを、2016年の個人的なまとめをざっくりと書きたい。

 2016年は後々で確認すると、おそらくは、私にとって転換となる年として思い出されるはずだ。

 なので先制攻撃として、出来る限りの記憶を絞り出してここに記録しておきたい。

 これはあくまでも私の個人的な理由によることが大きい。2017年以降のことはわからないけれど、こういった年は今まであまりなかった。

 なので、それはどちらかと言えば「まとめ」という気の利いたものではなく、ダラダラとした無駄に長い戯言に近いが少しだけ文章を書いておきたいと思う。

 

 実は、記事そのものは2016年の12月に途中まで書き、そこでいったん力尽き、2017年3月に入ってからなんとかやる気を取り戻し、大幅に追加されたものだ。その2-3ケ月間に、電気グルーヴの新しいアルバムの発売とツアーが発表され、小沢健二は2016年のライブにて演奏された「流動体について」をシングルとして発売し、グーグルは新しいアルゴリズムを導入し、トランプは正式にアメリカの大統領に就任した。

 けれど、言いたかったことは基本的に2016年の12月の感想とあまり変わっていない。というより頑張って変えずに書いている。出来るだけ新鮮な2016年の気持ちのままで。

 

2016年1月1日の電気グルーヴ

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 私の2016年は電気グルーヴの映画から始まった。

 2015年末に公開が始まった「DENKI GROOVE THE MOVIE ? -石野卓球ピエール瀧-」は2週間という短い公開期間だったため、私がどんなに頑張ってスケジュール調整をしても1月1日以外にこの映画を見るチャンスがなかった。

 特に多忙をアピールしたいとかそんなことではないけれど、事実私には年末年始に映画を一本ゆっくり見る余裕は1月1日にしかなかった。

 正月早々、ZEPP名古屋に併設された109シネマズへと出かけた。1月1日の夜といった上映時間にもかかわらず。けっこうな数のお客さんがいて、私が見た上映回はほぼ満員状態だった。

 映画は、2014年フジロックのシーンから始まる。

 いくつかのライブ映像、石野卓球の所有と思われるかなり貴重で初めて見るような初期の映像、関係者やミュージシャンのインタビューなどもあり、また逆にロッキング・オン・ジャパンオールナイトニッポンなどのラジオで何度も語られているような話もあり、私のような電気グルーヴファンにとってはインパクトのある断片たちがまとめられた映画だった。

 映画の内容としては電気グルーヴそのものがインディーズ時代、人生時代より語られていて、彼らにとって重要なアルバム「フラッシュ・パパ・メンソール」は何故か無かったことになっていたけれど、それ以外は各アルバムごとにエピソードが充分に取り上げられていた。

 電気グルーヴと同時代に活躍したコーネリアス小山田圭吾や、スチャダラパーのそれぞれのメンバーの話も印象的ではあったが、やはり一番この映画の中で重要な部分を占めていたのはまりんこと砂原良徳の証言だ。

 それはまりん自身の電気グルーヴ脱退に関することで、個人的にはあまりにも想像外なまりんの言葉だった。これについてはまた別の機会にブログで取り上げたいけれど、大雑把に言えば当時の電気グルーヴの海外進出に対しての距離感の話だった。当時の方針は石野卓球のドイツ/テクノ人脈をフル活用したものであり、まりんはもっと王道であるイギリス/UK路線を主軸にしたかったとのこと。

 まりんが電気グルーヴの活動方針に違和感を感じていたこと、しかもそれは電気グルーヴ的な活動(お茶の間的な電気グルーヴ)に対する感情ではなく、海外進出の路線についてということも意外だったし、まりんがドイツ/ジャーマン・テクノ的なものよりもUK的な音楽フィールドに活動の軸足を持ちたがっていたという内容も、かなり意外なことだった。

 ただ、1年たった今となってはまりんの言葉がすこしだけ理解が出来る気がする。

 90年代半ばの石野卓球は尖っていた。先鋭的な音を奏で、しかもそれを一握りのマニアックな音楽人の趣味とすることをよしとしなかった。新しい音を作り、それを一般化しようとしていた。少なくとも周囲からはそのように振る舞っているように見えた。

 00年代に入ってからの電気グルーヴは急に減速をした。まりんの脱退でタガが外れたと言われた9thアルバム「VOXXX」、ライブ盤風リミックスアルバム「イルボン2000」のリリースまではよかったが、 以降、活動の明確な方向性を提示してこなかった。それは00年代にはいってからの音楽シーンともシンクロしていた。

 まりんは直感していたのかもしれない。ここから先、つまりまりんが脱退する以降の電気グルーヴの方向性に対する疑問。電気グルーヴとは石野卓球そのもののことだ。その卓球が言ってしまえばお友達路線の選択肢を選ぼうとすることへの違和感。静かな方向転換。

 

 ともかく私の2016年は電気グルーヴの映画より始まった。

 思えば2016年はわたしにとっては電気グルーヴが印象的な年だった。

 

大雑把な2016年、ポピュリズムとSAMPとノーベル文学賞PPAPポケモンGO

 2016年に起きたことと言えば、世間的に言えば年初に起きたSMAP解散騒ぎとその謝罪騒動、そして年末の解散。イギリスの国民投票によるEU離脱表明。ドナルド・トランプ氏が大統領選挙に大勝利。スマホゲーム、ポケモンGOのリリース。Bob Dylanボブ・ディラン)がノーベル文学賞を受賞。PPAPの大ヒット。

 ネットの世界ではグーグルが検索エンジンとしてのその欠陥を露呈してDeNAおよびその関連会社に検索結果を攻略された。これは民主主義の最大の脅威がポピュリズムだということが露見したことにもなんだか似ている。

 

 ポケモンGOのローンチ直後は本当にすごかった。このリリースはフジロックの期間中におこなわれた。私は越後湯沢から苗場のフジロックの会場へ通うバスの中でポケモンGOの話をするカップルを何組も見た。

 そして何よりも驚いたのは、フジロックから帰還し、名古屋駅へついた直後のことだった。もう本当に冗談じゃなく、誰しもがポケモンGOをプレイしていた。社会現象とは本当にこんな感じだった。昔の昭和のなつかし映像で見る街中にあふれる「ダッコちゃん」だの「フラフープ」だのとそっくりな状況だった。

 

 ピコ太郎のPPAPの魅力は、もちろん80-90年代風の電子音のトラックもかなりよい出来だと感じていたが、それよりも何よりも促音(ッ)と半濁音(パ行)が入り混じった発語の快感にあると考えていた。

 ものすごく考えて作られていた音楽なのかと思っていたが、ある時、CMで「ペン」「パイナポー」「アポー」の部分を商品名やサービスに置き換えて歌っているのを見て以来、偶然の産物なのかもしれないと考え直した。

 耳に心地よかったPPAPの良さが一気に失われて、私の中でPPAPは失速した、いや墜落した。

 

 ボブ・ディランノーベル文学賞

 そりゃボブ・ディランノーベル文学賞が与えられるなら、ディランを引用している村上春樹は順番的に後になるだろう、というのが正直な感想だ。

 この受賞にはかなり驚いた。というのもボブ・ディランノーベル文学賞に関する噂は10年位前から出ていて、ほとんどの人がその噂を本気にしていなかったと思う。ボブ・ディランノーベル文学賞を与えるなんて、「噂の真相」だの「週刊実話」だの「東京スポーツ」だのに掲載されているレベルの冗談記事だと思われていた。いや少なくとも私はそう思っていた。

 ノーベル文学賞にも当然候補というものが存在するが、少なくとも村上春樹ボブ・ディランの名前が取りあげられるような近年については、どの人物が候補者なのかは言及されることはない。三島由紀夫が半世紀ほど前にノーベル文学賞の候補者の6名のうちの一人だったことをノーベル財団が公表したのはつい数年前のことだった。

 世間に流通している噂が本当のことだった、ということが私のボブ・ディランノーベル文学賞の受賞に関する驚きだった。あれは根も葉もない噂ではなかったということなんだと改めて思った。

 

 そしてやはり2016年の最大の話題はSMAP

 SMAP解散騒動は色々とひどいものだった。SAMP×SMAPでの公開謝罪映像のことだ。あまりのひどさに江戸時代の芸妓の置屋を彷彿させるというコメントが私のTwitterのタイムラインを駆け巡った。そんなツイートは当時読み手に納得感をもって受け入れられていた。

 その後SAMPは正式に解散をする。

 彼らもしくは事務所が解散の日と決めた12月31日はSAMPとしての活動は特に無かった。噂されていた紅白歌合戦にも出演しなかった。

 世間的にはSAMPではじまり、SAMPで終わった2016年ということになる。

 

小沢健二のライブ・ツアー

  2016年の5月から6月にかけて小沢健二が久しぶりのライブツアーをおこなった。

 その時の感想は少しだけこのブログにも書いた。(→link)

 このツアーでもっとも驚いたことは、すでに現役とは言い難い活動をしているアーティストのライブでありながら、新曲メインだったということ。そして、往年のアーティストの新曲メインのライブにありがちな残念な、がっかりな感じがいっさいなく、むしろ現役のアーティストとしてのパワフルさを見せつけるライブだったということ。

 私はこのライブが始まった当初に名古屋で、小沢健二を目撃し、そのあまりの情報量の多さにもう一度ライブへ行こうと決めたものの、チケットを手に入れることが出来ず、断念した。

 その後フジロック2016のグリーン・ステージのand more表記が、小沢健二だったらどんなによいだろうと夢想したものの、私の願いはSMASHに通じることはなかった。

 2016年の小沢健二は事件だったと私は今でも思っている。 

フジロック2016と電気グルーヴ

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 2016年の初頭、私は2組のアーティストが世界の音楽の最先端を走っていると信じていた。

 アーティストの名前はSigur Rósシガー・ロス)とJames Blake(ジェイムス・ブレイク)。

 その2組がそろってフジロックへの出演が決まったと知った時、私は倒れそうになった。こんなことがあって良いのかと。

 けれど、少し不安もあった。もう単純にシガー・ロスジェイムス・ブレイクの演奏時間が重なって両方フルで見ることが出来ないんじゃないのかと。ところがその懸念は払拭され、なんと両アーティストは金曜日のグリーン・ステージ。トリ前とトリという奇跡的な並びとなった。

 

 ところが実はフジロック2016では私はこの2アーティストの印象が薄い。ともに決して悪いライブではなかったとは思うけれど、過去に見たライブからちょっと期待しすぎた部分があったのかもしれない。

 音が自分が思っていたよりも爆音ではなかったから、かもしれない。もっとビリビリとくるくらいの音圧を期待していたんだと思う。圧倒的な空間を期待していたんだと思う。けれど、残念なことにシガー・ロスジェイムス・ブレイクからはそれらを感じることが出来なかった。

 その翌日に見たKula Shakerクーラ・シェイカー)はひどく良かった。Travis(トラヴィス)のライブには多幸感があふれていた。3日目のRobert Glasper Experiment (ロバート・グラスパー・エクスペリメント)のRadioheadレディオヘッド)やNirvanaニルヴァーナ)のカバーが踊りだしたくなるくらいに印象的だった。ベビーメタルのライブに度肝を抜かれた。

 でも、私が一番最後に見た電気グルーヴがもっとも圧倒的だった。とんでもなかった。

 

 電気グルーヴはグリーンステージのヘッドライナー、Red Hot Chili Peppersレッド・ホット・チリ・ペッパーズ)のさらに後、深夜の時間帯に登場した

 

 彼らはびっくりするくらいにキレキレだった。誰が一番だったとか、誰が優勝とか順位付けをするつもりはないけれど、少なくとも電気グルーヴ電気グルーヴとしてキレキレだった。あまりの良さに私は電気グルーヴの全盛期は今なんだろうなと思った。

 実際私の心の中に桜木花道が現れて「電気グルーヴの全盛期は今なんだよっ!」と叫んでいた。いや妄想じゃなくて確実に。

 私はグリーンステージのPA裏のスクリーンのあるところで電気グルーヴを見ていた。正確には踊っていた。この場所はゴミ箱の前で、夜になるとフジロックでも比較的有名な場所となる。防蛾灯という言葉がニュアンスとしては、より正しい。ちょっとアレな人がたくさん集まって踊るスペースである。ここでガシガシ踊っているとピカチュウだのマリオだのいろんなコスプレの方々が集っている。もう、それだけでなんだかハイになる。

 フェスでの電気グルーヴはノンストップでMCなしで次々に曲をつなげる。今回のフジロックでも同様だ。この時のセットリストには普通はあまり演奏されないような「新幹線」や「バロン・ダンス」も入っていて、ダンス・ミュージックとしての電気グルーヴが研ぎ澄まされていた。

 比較的最近発表された「Baby's on Fire」はやはりライブでは最高だったし、定番の「Flashback Disco」はいつもどおりの破壊力があった。

  

 電気グルーヴの出番は昔で言えばクロージング・アクトと言われたところだ。ライブが終わり帰りのバスの中で私はぼんやりと考えた。

 こんな出来のライブをやるようじゃあ今後フジロック電気グルーヴの出演するステージはもうグリーン・ステージのヘッドライナーしかないんじゃないだろうか、と思った。けれど、そんな集客力があるアーティストでもないし、どうするんだろうか?と感じていた。

 不思議なことに状態は最高であるけれど、それゆえに今後どうなるんだろうと感じたフジロック電気グルーヴだった。

 

サマーソニック2016

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 フジロック2016以降の私は呆けていた。

 このブログの更新がストップしたこともそのことと関係があると思う。

 通常なら書くはずのサマソニ見たいアーティストリストも書かなかった。2016年はレディオヘッドUnderworldアンダーワールド)の2組が登場したこともあって個人的にはたくさん書くことがあったにも関わらず。

 なぜ呆けていたのかといえばフジロック電気グルーヴを見たから、としか言いようがない。

 サマソニではもちろんアンダーワールドレディオヘッドを見た。ともによいライブだった。その他ではWeezerウィーザー)が印象的だった。

 あっさりしたコメントだけれど、サマソニ2016ではそれ以上の感想は特にない。

   

ワールド・ハピネス2016と大森靖子

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 2016年は実はワールド・ハピネスにも行った。

 このライブには意外な伏兵が潜んでいた。

 大森靖子のことだ。

 

 もともとの予定にはなかったが、理由としては出演者の中に電気グルーヴの名前を見つけたからだ。チケットは直前の水曜日くらいに購入した。

 遅れて夢の島公園に到着すると、スチャダラパーが「今夜はブギー・バック」を歌っていた。水曜日のカンパネラのコムアイが魂の十六連射!!と煽っていた。今まであまり口にだしたことはないが私は水曜日のカンパネラのことが大好きだ。コムアイの容姿も好きだし、音も好きだし、なんといっても歌詞がいい。誰が書いている歌詞なのかは知らないけれど。

 そしてお目当ての電気グルーヴ。チケットを遅めに購入したこともあり、かなり後ろから遠目に電気グルーヴを眺めることになる。夕方17:50くらいからの登場で天候も悪くなりかけている状態だった。曲数としては8曲程度で、あたりもまだ明るかったので気分的な盛り上がりは難しかったが、個人的には夏の電気グルーヴのクロージングとしては悪くなかった。

 この日は出番的にトリはMETAFIVE。煽り的には高橋幸宏 × 小山田圭吾 × 砂原良徳 × TOWA TEI × ゴンドウトモヒコ × LEO今井というメンバーで6人いるのになぜFIVEなのかはよくわからないけれど、一時代を築いたバンド/アーティストのメンバーによるスペシャル・ユニットだ。

 ワールドハピネスは夢の島公園陸上競技場で開催される夏フェスで、主催者はあの高橋幸宏だ。中央のセンターステージと左側のこじんまりとしたレフトステージの両ステージを交互に使いながら進行していく。入場するとレジャーシートが渡され、それを芝生にしけば、そこが私のエリアとなる。一番後ろで寝っ転がりながらアーティストのライブを見てもよい。それがこのフェスの特徴だ。

 

  電気グルーヴとMETAFIVEは両方共にセンターステージ。この2アーティストの間に挟まれ、この日登場したのが大森靖子だった。

 電気グルーヴのステージ後半くらいから天候が悪くなりはじめ、少し雨がぱらついていた。電気グルーヴがそのパフォーマンスを終え、大森靖子が登場する頃にははっきり雨天となっていた。状況としてほぼほぼ最悪な状態。電気グルーヴのステージが終わるとそれまで立っていたお客さん方はほとんど座ってしまった。いや、ステージを見ていれば良い方で飲食ブースで食事やドリンクを求めるオーディエンスもたくさんいた。

 もちろんお目当てのアーティスト、知名度のあるアーティストの演奏が終わってしまえばこんなもの、といえなくもないけれど、大森靖子にとってはびっくりするくらいアウェイだった。いや無関心との戦いがテーマのライブだった。

 「絶対彼女」の中では大森靖子はこの日訪れたワールドハピネスの中心的な客層たちを「テクノおっさん」と何度も煽り、一緒に歌おうと絶叫したが、残念なことに観客たちは無反応だった。

 そしてこのワールドハピネスのハイライトシーンはこの後やってくる。雨が降る中「音楽を捨てよ、そして音楽へ」がはじまった。

 「脱法ハーブ 握手会 風営法 放射能…」ではじまるこの楽曲は、後半「音楽は魔法ではない」 を繰り返す、ほとんど叫んでいるだけの曲なんだけれどインパクトがあった。もちろん、今さら大森靖子が、とかないだろうというあなたの感想はわからないでもない。けれど、私にとっては2016年夏の終わりの事件だった。

 電気グルーヴで夏を終えようとしたら、大森靖子という名の伏兵に討ち取られた感じがした出来事だった。

 

 

welq的な検索結果

 2016年比較的ショックだった出来事としてgoogle(グーグル)が攻略されたことだった。

 検索エンジンの巨人にして、エリート集団でもあるグーグルが作った検索アルゴリズムはキュレーションサイトの力押しにもろくも崩れ落ちた。

 グーグルは世界中の優秀な人材/技術者をリクルートしていることでも有名だ。そんな優秀である彼らの作った検索結果ページ(SERP)が次々と汚染されていった。

 その手法はかなりあっけないもので、キュレーションサイトの運営者達はクラウドソーシングで素人ライターからかき集め、下手をすると100文字何円といった安価な文章で組織的にローラーサイトを作っていった。目的は検索キーワードに対して関連性の高い言葉を網羅することと、深掘りをすること。いや言葉尻だけをとらえるならば、その行為はきっと正しい。マニュアルまで完備されていて、それは家内制手工業を想起させる内容だった。ある意味、現代の革命だったとも言える。

 先進的なIT企業は100文字何円の手仕事に屈することになった。

 

 このブログに始めた当初にははっきりとした仮想敵があった。それは「なんとかまとめ」みたいなサイト。ブログ名がそれを表現している。興隆を極めた「おすすめサイト」たちと竹槍程度の私の知識で戦うんだ、みたいなところから「vs.おすすめ」は始まった。

 けれどあっさりと私は周回遅れになった。いや、最初から同じ土俵になんてもちろん立っていない。Jリーグと草サッカーくらいの差がはじめから最後まであった。

 

この世界の片隅に

 

 2016年の暮れ頃だったと思う。話題のアニメ映画「この世界の片隅に」をみた。

ちなみにこの映画のサントラ盤は私の中では2016年ベストアルバム。

 

 映画の感想を書く。

 もともと私は太平洋戦争を扱った映画に興味があった。

 しかもどちらかと言えば、一般人の非戦闘員の日常を扱った物語、しかも終戦の10年くらい前からはじまる物語がみたかった。可能ならば、年代が少しづつ進んで、今がいつなのか冒頭で表示される形が望ましい。

 「この世界の片隅に」をご覧になった方はわかると思うが、この映画では私の臨んだ形式で物語が進む。

 なぜこんな流れの戦争映画が好きかと言えば、戦況が悪化して国民生活が本当に苦しくなっていくのは終戦間際の1-2年ということになり、それ以前には非日常ではあるけれど、それぞれの暮らしがある。それがだんだんと苦しくなっていくさまに私は強く惹きつけられる。

 こういった物語を作る場合に、幸せだった「あの時代」と戦局が悪化している「今」との対比を強調するために、前の時代の幸せさを過剰に表現しがちで、本当に戦前または戦争初期が、良い時代だったかどうかはわからないけれど、けれど、この雰囲気は決して続かないという「予感」を感じ取ることができ、そこには麻薬的な刺激がある。

 

 本編がはじまる前、片渕須直監督の上演前メッセージが挿入されていて、その内容は、正確な言葉は忘れたけれど、「この物語では主人公のすずさんは戦時中の世界で、毎日の暮らしを営み続ける人です」と。私はこの映画は「間違いない」と確信した。

 

Chance The Rapper(チャンス・ザ・ラッパー)

 2016年の私を形容するのにぴったりな言葉がある。

 それは「情弱」だ。

 

 1年が終わりに近づくと各メディア、たとえばピッチフォークだのNMEだの、田中宗一郎のやっているサイト(The Sign Magazine)だのが、こぞって年間ベストアルバムを発表する。そんな中、2016年は一人の男が話題をさらった。

 男の名前はチャンス・ザ・ラッパー。

 この男がフリー(無料)で配信したアルバム「Coloring Book」が各メディアたちが高評価でとりあげている。なのに、私はこのチャンス・ザ・ラッパーと名乗る男の音源をきいたことがない。いや、たまたま、たどりつかなかったとか、そういうことではない。頑張って探したけれど、どこに音源があるかわからなかった。AmazonでもiTunes Storeでもたどり着くことが出来なかった。

 いや実は1曲だけ、iTunes Storeで購入することが出来た。

 ああ、いい曲じゃないか。でも聴いたことがあるぞ。と思ってよくよく曲名とアーティスト名を見るとジェイムス・ブレイクのリミックス版じゃねえか。

 とにかく私はいまだにチャンス・ザ・ラッパーの音源を求めて彷徨っている。

 

もう一回ポピュリズムと民主主義

 

 2016年とはあからさまな時代だったように思う。

 SMAP公開処刑だったり、DeNAのグーグル攻略だったり、トランプ氏の大統領選勝利だったり、Brexitブレグジット)だったり。

 そこに混ぜてしまってよいのかわからないけれど、ボブ・ディランノーベル文学賞受賞も同じように感じている。世間に流布していたディランはノーベル文学賞の候補者という話が真実だったこと、という意味で。

 ポピュリズムというものが、どうやら民主主義とは食合せが悪いということがわかっただけでも2016年という年は価値があったのでは、と私は思っている。

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