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ぼくは眠れない/椎名誠

あらすじ

 本書は作家でありエッセイストとしても有名な椎名誠が、自らの不眠症体験とあわせつつ自分のこれまでの道のりを語る睡眠風エッセイ集である。不眠という言葉はともすると重い言葉のようでもあるけれど、そこは楽天的な作風の椎名誠がいつもの文体で軽妙に書き綴っている。なお解決方法を探す糸口としては他の書をあたったほうが良いと思う。

 

椎名誠という作家

 本書を手に取り少しぎょっとした。

 椎名誠が35年間に渡り不眠症であると帯にデカデカと書かれている。

 同氏はSF作家であると同時にアウトドアと旅が好きで楽天家で快活で健康なイメージがあるため、失礼な話だが意外に感じた。不眠症ということについて、私にはもっと繊細で、インドアな人の専売特許という偏見をもっていたからだ。

 けれど本書は椎名誠不眠症が軽度(医者の言葉を借りれば「軽度のあまったれ不眠症」)とのこともあり、また御本人の性格(少なくともみせかけのものであったとしても)もあって、過去に椎名誠が眠れない原因を探ったり、睡眠に関する書籍を多数読んだり、睡眠グッズを試したり、酒にたよったり、睡眠導入剤を利用したり、目を閉じるだけであったり、BGMに頼ったり、果ては落語を聞いたりと様々な対処法を試したりしたことを一冊にまとめた新書ではあるけれど、睡眠に関するエッセイに仕上がっている。

 もちろん椎名誠本人は、眠れないことについて大いに悩み、考え、家族に心配をかけ、医者にかかり、色々なことを試したわけではあるけれど、それを重く暗い内容とはしていない。

 いや、不眠がうつ病につながることや、知り合いが不眠症が原因で大きな事故にあったことなども記載されており、決してふざけた内容ではない。

 なお念のために記載しておくが、本書は椎名誠が30代半ばから40代にかけ不眠症を改善しようとした格闘記でもあるが、70代となる現在も特に解消はされていない。ある程度の時期に椎名誠は諦めた、いや、不眠と仲良くすることを求めたようである。

 なので本書をもって不眠症を解決することはないと思われる。

 ただし、椎名誠が長年に渡って調べた睡眠に関する色々な情報や対策を知ることは出来る。(例えば動物の睡眠時間ランキングなど、これにより動物園で動物がなぜあんなに眠っているのか理解が出来る。)

ぼくは眠れない

 念のためにお伝えしておくがこの文章を書いている私は、やたらと寝付きが良い。

 残念なことに不眠の方の悩みを共有することはかなり難しい。

 眠れない時というものがほとんどないため、私は、眠れない時に寝る方法に関するアイディアをあまり持っていない。ただ目を閉じるだけ、ひたすら横になるだけである。

 そのかわりと言ってはアレだが、寝ることが大好きだ。ドラえもんの中でのび太が顔を真赤にして「あったかいふとんでぐっすり寝る!こんな楽しいことがほかにあるか。」と名言をいう場面があるが、心のそこから同意したい。

 だからこそ、眠るということについては、眠れない椎名誠とと同様に深く深く興味がある。

眠れなくなった原因

 椎名誠はもともとサラリーマン、詳しく言うと出版社につとめる編集者だった。

 そのころ30代の半ばから40代にかけての時期に突然、眠れない、というよりは眠っても深夜の3時頃に覚醒し、それ以降は寝付けないという現象をおそったとのことだった。もちろんサラリーマンであるため、明らかに翌日の仕事に支障をきたす状態となった。

 

 この書は椎名誠の編集者としての成功譚からはじまる。デパートなどの大型店の企画書、イベント、マーケティングの結果などをまとめた資料集を作り一冊5万円の価格を設定し、全国のデパートやショッピングセンターのデベロッパーへDMを送ると400部またたくまに売れた話など、相当にイケてる編集者だったようだ。

 いや説明を間違えた。何故作家になったのかという話でもある。

 その関連で出会った会社の人に当時静かに浸透しつつあるクレジットカードのことについて話を聞いた。その際に「わかりやすいクレジットカードの世界」の本を書きませんか?と誘われたそうだ。

 この時に書いた本が「クレジットカードとキャッシュレス社会」というタイトルで椎名誠の最初の著書となっている。(→link)

 

 不眠症の話と少し離れてしまったようだが、この時期から椎名誠は徐々に眠れなくなていく。

 気がつくと深夜の2時半といった時間にガバッと目が覚めるようになる。そこから先は覚醒してしまい眠れない。

 明日の仕事があるサラリーマンとしては致命的ですらある。

 眠れないということで不安になる。明日の仕事は大丈夫だろうか。不安は不眠をよぶ。不安と不眠のスパイラルである。

 30代半ばということもあり、体力的にもこなせることはこなせる。酒が足りないのだろうか。このころの椎名誠はそんなことを考えていた。

 

 「クレジットカードとキャッシュレス社会」は売上としては大きな数字になるこてゃなかった。けれどこの本をきっかけに執筆などの依頼が舞い込むようになっていた。

 椎名誠は文章を書く仕事としては、不眠をかかえつつも恵まれていた。

 「さらば国分寺書店のオババ」というエッセイがヒットした。

 

 椎名誠はついにサラリーマンをやめることを決意する。

 そして不眠とも本格的につきあうことになる。

眠れない夜

 椎名誠は眠れない夜の過ごし方について、果てしなく格闘をし、色々なことを試みている。

 元雑誌編集者ということもあり、かなり多くの睡眠に関する本を読んでいる。睡眠のメカニズムについてもかなり研究したようだ。

 本書にも参考書籍として20冊くらいの書名があがっている。それはナショナルジオグラフィック日本版のようなものや、睡眠に関する科学の本、「不眠打開、不眠解消」などの本を読んだりもしたらしいが、結局の所、ただの一冊も有効な回答を得ることはできなかった、そうだ。

 突っ込んだ精神病理に絡む本なども読めば読むほど、本がどんどん難しくなるだけで、ますます読むほどに眠れなくなった、とまで書いてある。

 「不眠」に悩む人にとって、そういう本はほとんど力にならない、ということを確信したのが本書における読書結果だったとも書いている。

 「不眠」に対する読者のニーズと著者の返答に、大きなどうしようもないズレというものが存在する、ということらしい。

 

 ところで、本書では椎名誠自らが読んだ本についていくつか内容が書かれているが(動物の睡眠時間ランキングまであるが)、意外なこととして睡眠に関する研究の歴史は思いの外浅いということだ。

 

 もちろん眠れないということはストレスとの戦いでもあり、冒頭で軽妙な文体で、と書いたが、随所でそれなりに重めの話も出ては来る。

 

不眠症睡眠薬

 ところで椎名誠は不眠については当初、酒に頼っていたが、これはあまりにもよくないということで、医者を頼り、薬を飲んでいる。

 昭和19年生まれの椎名誠にとって睡眠薬に頼るということは、少なからず拒絶感のある内容ではあったけれど、一番安心して眠ることができる対策のため、睡眠薬をのんでいるとのことだった。

 椎名誠の言葉を借りれば、ある種の諦めでもあるとのこと。

 睡眠薬は同じものを利用していると体に耐性がつき効きにくくなるため、時折、変更しているとの記載があった。ある程度薬の名前も書かれていたが、私はもちろん薬剤師でもなければ医師でもなく、医療の知識も薬の知識もいっさいもちあわせていないため、この部分については具体的な処方薬についてはスルーさせていただきたい。

睡眠グッズはどれほど効くのか

 最後の方に「睡眠グッズはどれほど効くのか」という章があった。

 日本人は5人に1人は不眠症だそうだ。(アメリカ人は3人に1人)

 そう考えると不眠グッズとはずいぶん甘美な響きに聴こえる。

 音楽やBGM、香りなどを試してみる。そして落語。行き着く先は通勤電車で揺られる居眠りが気持ちいいという話になっている。

 実はよく分かる話で、不眠でない私も通勤電車の中で揺られて眠ることが好きだ。

最後に

 眠れない。ということをテーマに書かれた本書は、かなり深刻なテーマを扱っているはずなのに椎名誠の文章がそれを思わせない節がある。深刻な問題ではあるけれど、その打開策を探すことよりも、同居することを選択しているようにも思える。

 そして、不眠と不眠の間に不意に訪れる睡眠の時間の素晴らしさについて同じくらいの熱量で語ってもいる。

 その意味においては本書は睡眠賛歌でもある。

 

 

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