村上春樹とウェブサイトとレッド・ホット・チリ・ペッパーズ
村上さんのところ
作家の村上春樹が今年(2015年)の1月15日から期間限定の企画として「村上さんのところ」という名の公式サイトをオープンさせている。
このサイトでは、もうすでに募集は打ち切られてはいるものの、読者からのメールでの質問に対して村上春樹が回答していく部分がメインコンテンツとなっている。
過去にも村上春樹は同様の試みをおこなっており、そのサイトはすでに存在しないが、メールでの質問と回答は書籍化されている。
村上春樹の再評価
今回のウェブサイトでの企画により、村上春樹の愛読者としてはあまりも今さらな感覚ではあるけれどネット上で村上春樹の再評価がなされている。
何故、村上春樹が再評価されたのかといえばおそらくは世間一般のおしゃれな文体を駆使するスカした男としての村上春樹像とは異なり、時には読者の問いかけに対してひどく真摯で熱量のある回答を、時には突き放したようなえらく適当でトボけた回答を、ヤクルトスワローズに関しては、真面目な弱小チームのファンとしてあるべき姿を、提示しているからだろうか。
村上春樹とは何者であるのか?ということに対しては、私たち20年来の読者からすると、ヤクルトスワローズが好きな、とぼけたオッサンという印象以外ありえないが、どうも世間ではそのイメージはないらしい、ということが今回の期間限定企画により個人的には理解できた。
実のところ村上春樹の文章の魅力は長編小説よりも中編小説に、さらに言えば中編小説よりも短編小説に、そしてもっと言えば紀行文やエッセイにその力を発揮する。
村上春樹の最高傑作は結局のところ「ノルウェイの森」でも「羊をめぐる冒険」 でも「世界の終わりとハードボイルド・ワンダーランド」でもなく、エッセイ集の「村上朝日堂」シリーズではないか?というのはあながち間違った考えではないように思う。
村上春樹の古くからのファンの抱く村上春樹像といえば安西水丸氏の描くイラストの村上春樹だと思う。今回の期間限定サイトに安西水丸氏のイラストがないことを残念に思っているファンも多いはず。
村上春樹とレッド・ホット・チリ・ペッパーズ
ところで、そんな期間限定のウェブサイト「村上さんのところ」で村上春樹はこんな質問を受けている。
こんにちは。この企画とても楽しみにしていました!
村上さんへの質問。今ハマっているミュージシャンはいますか?
村上さんの小説やエッセイを読むと、ゴリラズやColdplay、レッチリ、Oasisなど出てきますが、私の好きなミュージシャンと同じです。
でも最近はなかなか、これは! というアーティストに出会えてません。最近ではアウスゲイル、アヴィーチーが気になってはいるのですが。
昔のアーティストでも最近聴いている音楽(ロックでなくても)があれば教えてください。
(コタツサブレ、女性、30歳、主婦)
それに対して村上春樹の回答は
おっしゃることはよくわかります。最近なかなかこれというバンドに巡り合えませんね。僕は最近よく、レッチリの「ラブ・ローラーコースター」のミュージックビデオをYouTubeで見ています。あれを見るとすごい元気になれます。「やるぞー!」という気になってきます。
レッチリのあの曲はたしか『ビーバス&バットヘッド』のサントラでしか聴けなかったと思うんだけど、最近はYouTubeで見られるようになってよかった。このあいだ僕が買ったCDでこの「ラブ・ローラーコースター」のカバーをしているバンドがあって、それもなかなかかっこよかったんだけど、そのCDが今手元になくて、名前が思い出せません。すみません。
村上春樹拝
著名な作家のおそらくは書籍化されるであろう内容をまるまる引用してしまって大丈夫なのかという不安はあるけれど、私が今回の企画の中でもっとも印象に残った部分なので取り上げる。
レッチリことレッド・ホット・チリ・ペッパーズのギタリストといえばすでに脱退してしまったがジョン・フルシアンテというイメージが一般的ではないだろうか。けれど90年代に青春時代を過ごした人間にとっては違う。レッド・ホット・チリ・ペッパーズのギタリストといえばデイヴ・ナヴァロだ。いやもちろんジョン・フルシアンテ復帰後の「カルフォルニケイション」や「バイ・ザ・ウェイ」も良いアルバムであることに間違いはないけれど、やっぱりレッチリと言えばデイヴ・ナヴァロだ。レッチリが最初にフジロックでやってきた30分しか演奏しなかったあの伝説的なライヴの時もギターを弾いていたのはデイヴ・ナヴァロだ。
時折、レッチリのアルバムの中で何が素晴らしいのか論争の際に「ワン・ホット・ミニット」を挙げて独自性を出しているつもりの人がいるけれど、それは独自性でもなんでもなく90年代レッチリの象徴であるデイヴ・ナヴァロが参加した唯一のアルバムだから、この時代にレッチリが好きだった人にとっては「ワン・ホット・ミニット」は特別なアルバムであることは格別変な話ではない。
話をレッチリの「ラブ・ローラーコースター」に戻す。
実は私も「村上さんのところ」で取り上げられているレッチリの「ラブ・ローラーコースター」が大変好きだ。そして村上春樹の回答はおそらく正しくこの曲は「ビーバス&バットヘッドのサントラ」でしか聴くことが出来ない。
私が00年代の初頭だか90年代の終わりだかにamazonというサイトで一番最初に購入したCDがこの「ビーバス&バットヘッド」のサントラ盤。その理由はレッチリのこの「ラブ・ローラーコースター」が聴きたかったから。
一般的にデイヴ・ナヴァロ時代のレッチリはファンク色が後退したと言われている。けれど、この曲は最高にファンク。もともとはUSのオハイオ・プレイヤーズというファンクバンドのカバーなので当然と言えば当然だけれど、元気になる、というのはまさにそのとりで、「やるぞー」という気分になる名曲。
実は村上春樹がYoutubeでレッチリの曲を聴いて「やるぞー」という気分になっているというのは私の想像する村上春樹とはちょっと違う。しかし、それは今回の「村上さんのところ」というウェブサイトにより多くの人が村上春樹の新たな一面を知ったように、私にとっても村上春樹についての新たなる発見があったということだ。他の人がそうであるように私も少しは成長できている。よかった。