司馬遼太郎の歴史小説を読む
せっかくなので今まで読んだ司馬遼太郎の歴史小説について感想を少しだけ書く。
私は決して司馬遼太郎の良い読み手ではないが、それでも司馬遼太郎の小説をいくつか読んでいるので、そういった作品の大雑把な概要とあらすじ、その感想を書きたいと思う。
特にランキングというわけではないけれど、一応上に書かれている作品ほど印象に強く残っている作品ということになる。
世に棲む日日(全4巻)
吉田松陰と高杉晋作という師弟コンビを取り扱った幕末期の小説。 すべての司馬遼太郎の小説の中で私がもっとも好きな物語。彼らを生んだ長州藩は戦国時代から決して中央に対して積極的な野望を見せる勢力ではなかった。そのどちらかと言えば中央に奥手の長州藩が何故、幕末期に幕府を倒し、新たな政権を取る勢いを得たのか。それは彼ら二人の存在が導火線となり長州藩そのものに火を付けその結果として討幕運動という場で長州藩を爆発させるにいたったからだ。
吉田松陰も高杉晋作も確かに日本の歴史だけを見るとその役割がわかりにくい部分がある。けれど、彼らは長州藩の倒幕の勢いを作り上げた中心人物となる。彼らの思想と、その圧倒的な行動が長州藩を大きく、正しい方向に狂わせたのだ。
毛利氏は本能寺の変で織田信長が討たれた時も、関ヶ原で西軍の大将となった時も、そして関ヶ原敗戦の責で改易となった時も決して天下に手をかけることなく、自らの器を守る道を、守勢の立場を貫いてきた。その保守的な長州藩と毛利家がひっくり返るくらいの圧倒的な熱量を二人がどうして持つことが出来たのか、そしてどう生きたのか、がこの物語にはある。
二人はともに土佐藩の坂本龍馬と同様に明治維新を見ることなく亡くなってしまうが、その偉業と思想を司馬遼太郎が書いた傑作。
燃えよ剣(上下巻)
幕末、新撰組の土方歳三を主人公とした司馬遼太郎最大の娯楽小説。私の読んだ司馬遼太郎の小説で中ではもっとも主人公が魅力的で、冷徹で、信念があり、物語が情熱的であり、この物語のことを名作と呼ぶ人が多いのもうなずけるような作品。
武士に憧れた新撰組がどのような経緯で結成されて、拡大し、そして崩壊し、最期、五稜郭でどのように土方歳三が武士として壮絶に闘ったかまでが描かれている。
逆に言えばこの「燃えよ剣」では近藤勇は少し残念に書かれている。昔、三谷幸喜が脚本を書いた「新選組!」というNHKの大河ドラマがあったが、あの時の近藤勇がSMAPの香取慎吾で、この「燃えよ剣」の近藤勇と共通する残念感があって妙に納得したことを覚えている。
土方歳三は冷静な戦略眼を持ちつつも、時代の流れに反抗する新撰組を作り上げた。会津藩の尖兵として京都の地を暴れまわった彼らだが、京都を終われ、幕府とともに滅びる道を選んだ。場合によっては悪役として扱われる新撰組の、隊士たちの、土方歳三の物語を司馬遼太郎はいきいきと書いている。
司馬遼太郎の小説は、多かれ少なかれ思想的な部分が入ってくる面があるが、この作品ではどちらかといえば、エンターティメント色の強いチャンバラ的な活劇と、冷徹な侍の物語をあわせ持つことにおいて最高の娯楽小説と私は感じている。
花神(上中下巻)
幕末、長州藩の村田蔵六(大村益次郎)を主人公とする話。「世に棲む日日」の次はこの物語を読むと長州藩と明治維新にいたるの流れがつかめるかもしれない。司馬遼太郎は吉田松陰の「思想」、高杉晋作の「戦略」、そして村田蔵六の「技術」により明治維新は成ったという。
この物語の主人公、村田蔵六(大村益次郎)はかなりの変わり者であり、癖のある人物ということになる。町医者であり、蘭学を緒方洪庵の元で学び、福沢諭吉と言い争いをし、合理主義者で、村人に暑いですねと言われると「夏は暑いのが当たり前です」と返し、兵学者で、長州軍の陸軍指揮官となり、シーボルトの娘イネと恋をし、それでいて師弟の関係となり、今までに上げた「世に棲む日日」の吉田松陰とも高杉晋作とも、「燃えよ剣」の土方歳三とも異なった魅力であふれている。
村田蔵六(大村益次郎)は歴史的には一見地味な存在であり、高杉晋作のようなわかりやすい英雄性も、吉田松陰のような圧倒的な影響力もなかったが、近代陸軍の礎となるような存在で明治維新での役割は大きく、人物としても大変魅力的だ。
個人的には「世に棲む日日」とあわせて「花神」は是非多くの方に読んでいただきたい内容の司馬遼太郎作品だと思っている。
関ヶ原(上中下巻)
戦国時代を締めくくる最期の決戦、関ヶ原の戦いを西軍の石田三成、島左近の視点を中心に書かれている。
石田三成は優秀な人物ではあるけれど、大将としてはわかりやすく欠陥があり、それゆえに豊臣方は徳川家康の謀略により戦力を徐々に削られていく。秀吉に恩顧のある武将たちも次々と家康と手を組み、西方についた大名たちからも色よい態度をもらうことが出来ない。それもこれも、すべては石田三成の人間性と、徳川家康の知戦略の結果だ。豊臣秀頼を大将として担ぎ出すこともできず、総大将となった毛利輝元も決して反応がよいとは言えない。
苦境の中、石田三成の師であり、現場指揮官であり、友人である島左近は死を覚悟しつつもあきらめることなく決戦の準備を進める。さらには石田三成の親友である大谷吉継も三成にすべてを託す。
石田三成と島左近を主人公としてはいるものの全国の大名たちの様子を次々に語り、真田昌幸、直江兼続、上杉景勝、長宗我部盛親、黒田長政、黒田如水、島津義弘、山内一豊、細川忠興といった戦国時代末期の武将達が次々に登場する。そしてその彼らが、引き寄せられるように「関ヶ原」に関わっていく。その磁力はいったい何なのか。
「関ヶ原」はこの戦いの勝者である徳川家康とその参謀の本多正信にももちろん大きくページ数を割いているものの、やはりこれは石田三成の、いや石田三成と島左近の友情の物語ではないかと私は思った。石田三成は人間関係に不器用な理想主義として書かれ、島左近はそのよき理解者として登場する。その彼らが、老獪な徳川家康に敗れていく様はある種現実的な物語であり、古典的なテーマでもある。もちろん史実をもとに書かれた物語が現実的という評価も変な話ではあるが、ひどく現代的なテーマでもあるように思う。
城塞(上中下巻)
「関ヶ原」の続編的存在で、大阪冬の陣、夏の陣を中心として描かれている。戦国時代が終わり長い江戸時代の幕開けの時期の物語となっている。主人公は小幡勘兵衛という人物として書かれている。が、読み進めて行くうちに存在感が希薄になり、歴史の中心人物である徳川家康、淀君、真田幸村らが物語の根幹に関わってくる。
実はこの作品は読みどころはわかりやすさにある。様式美なストーリーとも言える。けれど読むことがつらい。決して楽しいとは言えない。いや、つまらないとかそういったことではない。それはつまり、無能な上官、卑劣な敵、若く能力のある将校が無駄に死んでいく様。
徳川家康は「関ヶ原」よりさらにたぬき親父となり、謀略を操り、司馬遼太郎は徳川家康に対して良い感情を抱いていないのでは?と思えてしまう。淀君は不安と焦燥からヒステリックになり権力を握るわりに何も出来きず、家康に翻弄されるばかり。それでも後藤又兵衛、真田幸村、木村重成といった最後の戦国武将が決意を胸に奮戦し負けていく様は、滅びの美学としては感動的。
夏草の賦(上下巻)
戦国時代、織田信長と同世代の戦国大名長宗我部元親の生涯を書いた作品。長宗我部元親の四国統一までの道のりと、天下統一がなされてしまった後の戦国大名の生き方を書いた作品。ある意味ベンチャーの起業家が自分の会社をある程度大きくした直後に、マーケットの寡占化が進み、企業買収をくらったというような趣きのある物語。後半はサラリーマン戦国大名として読むことが正しいのかもしれない。
この物語の読みどころは実は長宗我部元親の正室の菜々のキャラクターにある。この女性は実は後に明智光秀の腹心となる斉藤利三の妹で、そういった意味では歴史的な結びつきとして興味深い。
この物語はNHKの大河ドラマの原作とすると良いかもしれないと常々思っている。
ところで過去に感想を書いているので興味のある方はこちら(上巻、下巻)
項羽と劉邦(上中下巻)
私が一番最初に読んだ司馬遼太郎の歴史小説はこれになる。私はずっと司馬遼太郎という作家は名前からして司馬遷にも似ていることもあって、例えば陳舜臣や吉川英治のように中国の歴史小説が得意な作家だと思い込んでいた。けれど、実際には司馬遼太郎の書いた中国の歴史小説はこの「項羽と劉邦」のみとのこと。
項羽と劉邦は、漢の高祖(劉邦)の国盗り物語つまり楚漢戦争の話ということになる。物語自体は、中国全土を初めて統一した秦の始皇帝が全国を行脚するところからはじまる。天下をとったはずの秦国は始皇帝が亡くなるとあっという間に腐敗し、各地で反乱が起きた。
この作品は「史記」を参考にしているといわれていて、そのためか劉邦と項羽といった二人だけでなく、色々な登場人物に次々にスポットがあたる形で物語が書かれている。また、秦が崩壊する過程が書かれているため秦の建国物語として週刊ヤングジャンプに連載されている漫画「キングダム」に登場するような面々も若干登場する。
「項羽と劉邦」はまるでタイプの違う二人の大将の物語。けれど単純な二人の対比の物語ではなく、数多くの登場人物が綺羅星の如く登場し、それぞれに魅力を見せる。そして中国の歴史らしく圧倒的なスケールの大きさ。
最後に
一応これで全部。司馬遼太郎の作品としてはその他にも代表作として「坂の上の雲」「竜馬がゆく」「翔ぶが如く」あたりも有名だけれど、残念ながら未読。正確に言えば「坂の上の雲」は1巻だけは読んだ。けれどそれで感想を書くのも良いとは思えなかったため今回のリストには掲載せず。
「坂の上の雲」は全巻を読んだ上でいつか感想を書きたい。あと「峠」あたりはいつか読みたいと思っている。それでは。