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すべてがFになる/森博嗣

 
 
 

 森博嗣を読むとするならば、「すべてがFになる」から始めるべきだ。

 もちろん、読む順番なんてどうだっていい。そんなものは他人から指示されるべきことではない。なんなら最新作、新刊から手をつけたってかまわない。けれど森博嗣の書く作品にはそれぞれに関連性があり、どこかでつながっている事が多い。ならば正しいと思われる道筋で読むということは決して悪いことではない。

 

 よいタイミングなので「すべてがFになる」について感想のようなものを書きたい。

 この「感想のようなもの」は、綾野剛武井咲が主演しているテレビドラマ版についてのことではないし、漫画版のことでもないし、もちろんゲーム版のことでもない。森博嗣の書いた小説についてということだ。そしてこの作品は森博嗣のデビュー作にして代表作ということになる。

 

 「すべてがFになる」は小説で読むべき作品だと個人的には思っている。ドラマや漫画で楽しむことも決して間違っているとは思わない。が、まずは小説で読んでこその面白さがこの作品にはあると思う。

 

 

 「すべてがFになる」には二人のメインとなる登場人物がいる。犀川創平(さいかわそうへい)と西之園萌絵(にしのそのもえ)。この二人が愛知県に浮かぶ妃真加島(ひまかじま)にある真賀田研究所で起きた事件、つまり殺人事件に挑むというのが「すべてがFになる」の大雑把なあらすじだ。

 この二人のコンビが登場する森博嗣の作品群が「S&Mシリーズ」と呼ばれており、「すべてがFになる」はその第一作目にあたる。

 2014年秋にフジテレビによりドラマ化された「すべてがFになる」は、この第一作だけではなく「S&Mシリーズ」全体を原作として再構築し映像化した作品ということになる。

 

 

 「すべてがFになる」の感想を書く際にどこまでネタバレをするのか?ということにひどく悩む。基本的なことを言ってしまうと、私はこういった推理小説的な作品の感想をブログに書く際には誰が被害者なのか、そもそも殺人事件が起きてしまったと書いてよいのものなのか、という事すらも書くことを悩む。誰が殺されるのか?というドキドキ感も読書には重要な要素だと思われるからだ。それをブログにおいて、この物語には被害者がいて、殺されるのは☓☓だよ。と簡単に言ってしまうのはストーリーの面白さを、読書の楽しみを、奪ってしまうのではないかと感じてしまう。

 もちろん今までも調子にのって「この作品は叙述トリックですよ」と過去の私はブログでは何度も書いてきた。それはそれ、これはこれ、というやつだ。けれどこの作品において同じようにネタバレしてしまうのはあまりお行儀が良くないように感じている。

 ただ、核心部分についてふれなければ、この作品の感想とはならないので若干のネタバレをしつつ、感想のようなものを書きたい。

 

 この作品はいろいろなウェブサイトやブログでレビューや解説などを読むと理系作家の書いた理系小説という評価がなされていることが多い。まったくもって正しいといえば正しいし、まるで間違っているといえば間違っている。

 登場人物で、ある種の天才として描かれている真賀田四季博士はレッドマジックという独自のOSからシステムを構築して運用している。ストーリーには頻繁にトロイの木馬やウィルス、UNIXなどプログラム関連の用語が登場する。この辺りが実は話の本筋と関わっている。そのためそういった言葉と馴染みのない読者からすると若干読みづらく理解しにくいところがある。

 例えば作中でコンピュータ・ウィルスについて説明がなされている。コンピュータ・ウィルスとは人が人為的に創りだしたもので、生命体でもなければ、自然発生したものでもない。これはコンピュータ・ウィルスに知識のある人間からするとひどく当たり前の内容ということになってしまうけれど、このことを知らない読者からすると意外な事実だと思うかも知れない。コンピュータの知識のある人からすると、それをすべての人が理解していると私たちは簡単に錯覚してしてしまっている。

 この物語について面白い/面白くないの分かれ目はこういった若干、専門用語的な言葉を読み手がどのように処理するかにある。

 逆に言えば知識レベルで理系なものを取り扱っているだけで特にそこまで難しい思考は必要ない。ある種、それはそういうものと、理解してしまえば特に問題はない。

 とはいえ、ひとつだけ大きな問題点がある。

 この「すべてがFになる」という作品はタイトルがひどく美しく、読み進めていくと「F」という文字に意味があることが読者にもわかる。 私はこの作品を読んでいてこの部分で非常に感心した。「すべてがFになる」というタイトルが何を意味するか理解できた際に非常に興奮した。

 けれど「F」の意味を知らなければ「ふうん」で終わってしまうくらいにあっけない。タイトルがすごく良いんだ、と伝えたいけれど、その感覚がこの物語を読んだ読者すべてと共有できるとは思いにくい。それは「F」の意味を知っているか、そうでないのか、という些細なことが分かれ目となる。その些細な知識のあるなしによって残念ながら読む人によっては評価が割れてしまうと感じる。この作品に対する面白い/面白くないという評価の別れ方はそういった細部の積み重ねからやってきている。

 本質的には理系小説ではないけれど、理系小説と喧伝せざるえない状況とはそういった扱われている言葉や知識の問題からやってきている。そのような意味で理系的というよりは理工系ミステリーと呼んだ方がより近い。そしてそういった知識をもっていたりギミックが好きな読者はこの物語のバックボーンを内容をある意味で受け入れやすいように思う。

 いや、それでも、やはりこの物語で用意されている大仕掛けな密室トリックからすれば、そのあたりは些細な問題なんだろうか、とも悩む。

 例えばエヴァンゲリオンを作った庵野秀明エヴァを衒学的な作品だと言ったという。私が正確に衒学的という言葉を理解できているかどうかは分からないけれど、エヴァはハッタリにドスの利いた良いアニメだった。「わからなさ」が謎として機能してうまく作品に作用していた。作品の持つ圧倒的なパワーの前に「わからなさ」はむしろ良い相乗効果を与えていた。この作品ではどうなんだろうか。

 

 

 この作品は実は古典的な密室トリックということになる。そして密室そのものはかなり大掛かりだ。

 

 冒頭、物語はこの作品の被害者に対する西之園萌絵のインタビューからはじまる。場所は妃真加島(ひまかじま)。おそらくは愛知県の三河湾に浮かぶ日間賀島(ひまかじま)をモデルにした架空の島。作者の森博嗣は愛知県出身で元は名古屋大学助教授ということで私からすると地元感あふれる設定だ。しかし物語中の妃真加島は、現実の観光地である日間賀島とは異なり真賀田家の私有地であり定期便もないような孤島となっている。そこに巨大な密室、真賀田研究所が存在する。

 

  ところで私がこの「すべてがFになる」を最初に読んだ際に思い浮かんだのは西尾維新の「戯言シリーズ」のことだった。大きくはかぶらないけれど、根っこの部分で似ていると私は感じた。このふたつの作品には主人公たちが二人組であること、とんでもない天才が登場すること、第一弾が孤島ミステリーであること、などが共通している。実は西尾維新森博嗣にも共通点があり、二人ともメフィスト賞の受賞者ということだ。

 何が似ているのか、通底しているのか、ということについては、この物語のトリックに関わる部分でもあるので深く書くことが出来ない。大雑把に少しだけ触れていくと被害者の遺体の取り扱いについて共通する部分があると感じた。

 

 「S&Mシリーズ」は犀川創平と西之園萌絵という二人のキャラクターが物語を引っ張っている。この二人は思考のパターンが異なる。

 犀川創平は大学の助教授で、その雰囲気は理系のヤン・ウェンリーといった趣きがある。この物語に登場する天才的な人達よりは思考スピードが早いわけではないが(あくまで天才的な人々よりも遅いという意味で常人のそれよりははるかに早い)、論理的であり、客観的に思考することにより最適解に到達している。結論にいたるまでに正しいと思った道筋を正しい手順で進む能力に長けている。そしてこのキャラクターの魅力を増幅させている要素としては、その発言内容にあり、それは時に哲学的であり、時に詩的な内容を含むことがある。

  西之園萌絵は快活で世間知らずなお嬢様としてのイメージが強い。犀川創平がヤン・ウェンリーとするならばユリアン・ミンツ的な存在ということになる。ただしユリアン・ミンツとは異なり論理的ではない。頭の回転がとても早くそれを武器としている。つまり思いつきで突っ走る傾向がある。イメージとしては総当りでパスワードをクラックするハッキングプログラムにも似ている。可能性をしらみつぶしに総アタックしている。若く、ある種時として天才的なひらめきと思いつきを重ねることがあり、思考的にはそこに大きな魅力がある。

 犀川創平と西之園萌絵ではタイプがまったく異なる思考をする。この二人が師弟コンビとなり事件解決に挑む、というのがこのシリーズの大雑把なアウトラインとなっており、「すべてがFになる」でも同様の展開を見せる。

 

  「すべてがFになる」はシリーズの第一作としては非常に良い作品となっており、森博嗣の代表作といってもよい展開だと思われる。密室殺人事件としてもトリックが大掛かりで私はある種の驚きをもって読んだ。

  もし森博嗣の小説を読みたいと思うのならばこの物語から読むことが良いと思う。

 

 

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