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vs. おすすめ

おすすめブログのカウンターとして始めたはずが、気がつけば薄っぺらなブログ

VS東京

 

 

 徳島県徳島県の知名度とブランドイメージの向上をはかるためにぶちあげた共通コンセプトが【VS東京】というものだそうだ。

 共通コンセプトという聞きなれない言葉が何を意味するのかは私にはわからないが、【VS東京】という言葉はどこか聞き覚えのある言葉だな、と思った。

※ご存じないと思うのでお伝えしておきますが、あなたが今まさに読んでいるこのブログは「vs. おすすめ」という名前のブログです。なんじゃそれ変な名前と思った方はサイトをくまなく見ていただければ、どこかになんでそんなブログ名になったか理由が書いてあるのでそれで察してください。

 

 

 何故徳島が突如として東京の対抗馬として躍り出たのかは私には理解できないが、確かに東京にはすべてがありすぎる。なのでそのカウンターになろうという姿勢は理屈上は決して間違っていない。けれど、どうして徳島県なのかという違和感というか唐突感はもちろん受け手側にはある。

 

 私はこのブログの中で何度もブログのアクセス解析を死んだ目で眺めていると発言しているが、いつも驚くことがある。それは東京からこのブログを閲覧されている方が非常に多いことだ。その数は全体の4割。いや、このブログだけではなく日本国内の多くのWEBサイトが恐らくはそうではないかと思う。これはもしかしたらGoogle Analyticsの何かの欠陥なのかもしれないが、少なくともGoogle Analyticsではそのような数字が出ている。

 

 昭和の総理大臣・田中角栄は地方と東京を結ぶ高速道路を全国に作った。するとどうだろう、地方の若者はその高速道路を使って東京に出て行ってしまった。若者だけではない。農産物も海産物も地方の特産品も需要のあるものはすべて東京に集まるようになった。おかげでその地方でしか入手出来ないものは減り、逆に東京でしか手にはいらないものは増えた。特に加工されたものについては顕著で、食という分野にいたっては日本料理だろうが、中華料理だろうが、イタリア料理だろうが、フランス料理だろうが、スイーツだろうが、すべてのグルメで東京が日本でナンバーワンとなった。

  

 別に東京論とかインターネット論がやりたいわけではないので、細かい点が間違っていることは気にしないでいただきたい。あと中身が薄っぺらなこともあわせて気にしないでいただきたい。

 

 インターネッツの時代になって地方から情報を自由度高く発信できるようになった。地方にも脚光が当たるようになったと言われている。確かにそのとおりだと思う。地方に住む私(ちなみに愛知県在住)も他の地方の情報や、地元の知らなかった情報、さらに言えば東京の情報をを手軽に知ることが出来るようになった。大変ありがたい。

 

 90年代、まだインターネッツが未発達だった時代。地方に住む私にとって東京は遠い地だった。ある種、観光地のようなものだった。そこにどんなスポットがあっても、どんなイベントが行われていてもそれは遠い遠い場所で行われている私とは無関係な何か。おしゃれなカフェも、モダンな居酒屋も、見たこともない名前のチェーン店のランチも、年に数回出かける旅先の出来事。おみやげに「雷おこし」と「東京ばな奈」を買うだけの場所。にぶい私にとって東京とは想像もできない街で正直な感想を言えば興味もわかなかった。なぜかといえば東京にあるものをわざわざ興味の対象とする必要性を感じなかったから。それは美術館に飾られた高尚な画家の抽象画を見た時の気持ちにも似ている。

 00年代、インターネッツの普及と拡大により東京が近くなった。

  何が変わったのか? 視覚的な情報量が圧倒的に増えたことだろうか。TwitterFacebookその他多くのwebサイト。よくよく見るとフロム東京のものが多い。地方よりも実は東京のサイトの方が情報が充実している。それは例えばイングレスというグーグルが提供しているスマホ(アンドロイド/iPhone)ゲームのポータル数を見れば明らかな話で情報の発信者が圧倒的に多いからだ。人口の多いところはやはり情報量が多い。当たり前のことだけれど、インターネッツのおかげで、視覚的にその現実を思い知ることになる。

 食べログで検索をする。地域を絞ることなく例えば和食を点数の高い順に並べる。わざわざ、そんなことをしなくても地元の店だけ調べれば良いとあなたはいうかもしれない。けれど、知りたくないか。この分野で高得点をつけられている店はどんな店か。そして知る。ランキング上位に東京のお店がいかに多いことか。和食でなくてもかまわない。焼き肉でもフレンチでもイタリアンでも、ダイニングバーでもなんでもいい。結果は同じこと。00年代に入り私にとって東京は、高尚な抽象画から、直接的な欲望を喚起させるわかりやすく美味そうな牛丼の描かれたポスターくらいまでにポジションを変えた。今日の昼食はこれにしたいという欲望。

 

  インターネッツによって地方と東京の差は確実に広がった。もっと重要なこととしては、そこに差があること、もしくは差があったことを私たち地方民ははっきりと認識した。「差があった」と書いたのはそれが過去の話だったという意味ではなく、インターネッツがなければ差があったことに気がつきもしなかたっということだ。

 

 冒頭の【VS東京】に戻る。ここまで書いていても、やはり私はいまだ【VS東京】が何を目指したものかは理解できないでいる。が、少なくともそれが90年代よりも、00年代よりも、インターネッツがインフラとして確立した、今という時代にマッチしたプロモーションであることは若干理解した。

 差があることを自覚しなければ、対決したいとも、対抗馬になりたいとも思えない。【VS東京】という概念はちょうどこのタイミングにこそふさわしい。

 しかし残念ながら東京というところは無慈悲な場所で、【VS東京】という徳島県の共通コンセプトがあったことすらも知らないまま、このプロモーションは終わることはことも間違いはない。けれど、それでも、同じVS仲間として、この【VS東京】には頑張っていただきたいと願っている。

 

 

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