なぜ私は自分のブログを「薄っぺらなブログ」とわざわざ言うのか。
vs. おすすめ
このブログのタイトルは紆余曲折ありましたが、おそらくこのまま「vs. おすすめ」で確定しそうです。一応の意味付けとしては、世の中にあふれる「おすすめブログ」とかみたいにはなんねーぞというか、なれるわけもないから、あえてそっちを選びとらなかったんだ、ちきしょーという強がり、とでも理解してもらえたら充分満足ですわ。
さらにサブタイトルみたいなものもついておりまして、それは今のところ「おすすめブログのカウンターとして始めたはずが、気がつけば薄っぺらなブログ」とかいう補足文章です。こちらはもっと良い言葉があったら変えるかも。あくまで暫定。
薄っぺらなブログ
「OH!日本人の悪い癖。自分でわざわざ『薄っぺらなブログ』とか言い出して予防線はるのカッコ悪いです!もっと自分に自身を持つべきです!」
違う。あなたは何もわかっちゃいない。
人には向き不向きがある。私が、質が高く内容のあるブログ記事を量産することは無理。
「うまい文章」「良い文章」なんて書くことは全然できるはずもない。けれど、時間をかけた「丁寧な文章」「よく調べてある文章」ならばあるいは書けるかもしれない。もちろんそれだって難易度は高いけれど。
じゃあ、それをするのか?
しない。
時間をかけて何かを書いて、何度も何度も見なおしてやっと公開って、どんどんテンションが落ちてくるし、次に続かない。そうやってブログの更新頻度ってものは落ちていく。そんなことだったら「薄っぺらなブログ」であったとしてもできるだけ更新してやるんだ、というささやかな意思表示。
今までのブログ記事だって納得して公開しているものなんて全然ないし、結局、公開ボタンを押す瞬間はどこか諦めにも似た感情だ。
それでもその諦めの感情を後押しするのは、自分を支えているのは、この「薄っぺらなブログ」という言葉。これをささやかな免罪符としている。
いや結局「免罪符」かよ。言い訳かよ。
うん、それでいいと思っている。
でもあれだ。誤字脱字のチェックはもっとしっかりした方がいいと自分でも思っている。