vs. おすすめ

おすすめブログのカウンターとして始めたはずが、気がつけば薄っぺらなブログ

自分用メモ 2014年夏の終わり版

 

memo

 自分用メモ、夏の終わり版。画像はいつものように適当。

 書いてあることもバラバラで特に意味なく、内容も散漫であまり意味が理解されるようには書けていません。

 理解されたくないとかそんな中学二年生的なトンガリハートな意思表示じゃ全然なく、自分用メモなので丁寧に書くことよりもメモとしての機能性を重視してますん。

 じゃあ他の記事とかエントリはどうよ?と突っ込まれるとすると、そこは本当に弱点で「精進します」としか返答できませんよね。

ブリット・ポップみたいだ

 UKロックが好きだといっているわりには、ブリット・ポップが実はあんまり好きじゃない。その理由はBlur(ブラー)やOasis(オアシス)のようなバンドはともかくその次の世代のバンドはルーツが直近のUKロックにしかないような音ばかりになってしまって、音楽的袋小路に入っていてジャンルの拡大生産でしかなくアッという間に音楽がジャンルが退屈で陳腐なものになってしまった気がしたから。

 あるジャンルが自分のジャンルのみからしか栄養素を抽出しないとアッという間に退屈になる現象を見るといつもブリット・ポップのことを思い出す。

 「弱いつながり 検索ワードを探す旅/東浩紀」の感想で書いたこと、つまりはグーグルのパーソナライズというか検索予測に対する違和感はそういうこと。グーグルのブリット・ポップ化。

無駄に長いブログ記事が書きたい

本当は無駄に長いブログ記事が書きたい。とんでもなく長い文章。でも、そんな文章を書く根気と時間がない。でもやりたい。

渋谷陽一大山卓也

 ナタリーの人(大山卓也)の本を読んだ。本人またはナタリーの人、もしくはナタリーのファンが聞いたら怒るような感想かもしれないけれど、私は以前から大山卓也という人と渋谷陽一という人は似ているなあと思っていたんだけれど、その思いはさらに強くなった。

 90年代の途中、ロッキング・オンの社長の渋谷陽一が今もっとも大きい市場は「男女交際」だと言い出して「H」が創刊された経緯と、大山卓也が冗談で発言した出会い系サイト「ミュージック・マシーン~出会い~」には似たものを感じている。

 ただ、この二人は根っこの部分が似ているだけで、その吐き出し方は大きく違うのでないか、とも思っている。もちろんメディアの向こう側の人の事なのでさっぱり分からないけれども。

雑誌とウェブ

 雑誌は死んだと言われているけれど、そうとは言い切れないと思う。ウェブと雑誌との棲み分けがはっきりしてきただけ、とは思っている。ただその棲み分けはどちらかと言えばアプローチの仕方で割れているようで、ジャンルではないと感じている。

 例えばアプローチの仕方が速報性の領域に偏っている雑誌がごっそり領土を奪われたということは間違いない。逆に一覧性の領域は今でも雑誌側に優位性があるように思う。けれどその優位性を利用できなずに死んだ雑誌も多い。またなぜこの領域をウェブが攻略できずにいるのかもよくわからない。

 ただ雑誌の市場はアプローチ方法によって細分化されて、その一部の領土をウェブ側に割譲していまったことに変わりはなく、その領土は永久に雑誌側に戻ってくるのもではないので、その意味では雑誌は死んでいるという比喩は正しいのかもしれない。

ブログ記事をアップデートすること

 私は過去に書かれたブログ記事について細部について書き直す、ということをよくやる。特に追記とか修正の文字も入れない。これはある意味言い訳なんだけれども、読み手からしたらブログ記事は一期一会みたいなところもあるし、書き手からすれば気に入らなかったら書き直す自由くらいあるんじゃないかな、と思っている。なので別に致命的でなければ修正しました、の言葉もいらないんじゃないかな、と思っている。

 少なくとも今のブログシステムはみんな風の作りなわけだし、修正マークとかが本当に必要な要素であるならシステム側で対応すべき問題だね。対応されていないんだから、そこまで神経質になることじゃない、と思っている。

 

 

 わりとどうでも良いメモ、終わり。

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