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ファッションモンスター/きゃりーぱみゅぱみゅ

 

 何かの衝動に駆られてこのエントリを書いている。

 それは強迫観念に近いものだ。ある種の恐れと言ってしまっていい。もしくは使命感かもしれない。言うなれば歴史的使命感。または周回遅れを取り返そうとする時代遅れの日記かもしれない。それは夏休みが明けてしまってから学校で居残りで読書感想文を書く中学生のような気持ち。

 

 勇気をふりしぼって言いたいと思う。きゃりーぱみゅぱみゅの最も尖った部分は音楽だ。 

 

 きゃりーぱみゅぱみゅは今年の夏、2014年7月に3枚目のアルバムを出している。

 そう、すでに3枚もアルバムを出しているアーティストきゃりーぱみゅぱみゅをつかまえて最も注目するべき部分は音楽だ!というにはあまりにも今さらのタイミング。ヘソで茶を沸かせるほどだ。むしろ一周回ってアリなレベルでもある。

 

 今回話題にしたいのは2012年10月にリリースされたシングル曲「ファッションモンスター」。1stアルバム「ぱみゅぱみゅレボリューション」の発売された5ヶ月後の発売となっており、2ndアルバム「なんだこれくしょん」に収録されている。

 

 きゃりーぱみゅぱみゅのデビュー作「ぱみゅぱみゅレボリューション」は後の他のアルバムの楽曲がそうであるように中田ヤスタカがすべての曲について作詞作曲編曲を手がけている。

 ところがその「ぱみゅぱみゅレボリューション」というアルバムは今改めて聴くとレボリューションのというタイトルがつけられているわりには革命が起きている感じが全然なくむしろ「革命前夜」という表現のほうがふさわしい。

 「ぱみゅぱみゅレボリューション」は悪いアルバムではない。けれどそれは芸能人/ファッションモデル「きゃりーぱみゅぱみゅ」が出した佳作といった印象だろうか。良い部分、印象的な部分もたくさんあるけれど、平坦でところどころで何か大切なモノがごっそり抜けている感じがある。ともすればアイドル扱いされがちな「きゃりーぱみゅぱみゅ」にそういった音楽面での完全性を求めるのは酷な話だと誰もが思っていたはずだ。少なくとも1stが発売された2012年の5月においては。

 

 ところが革命は当たり前のように起きる。

 

 革命の名前は「ファッションモンスター」というシングル。この曲は軽快なドラムロールからはじまり、きゃりーぱみゅぱみゅは冒頭とサビではただひたすら「ファッションモンスター」と叫ぶだけ。曲調はシフト・チェンジされておりアップテンポでエレクトロ・ポップの王道のような仕上がりで聴けばテンションが上がる。

 

おもしろいって 言いたいのに 言えないんなんて つまらないでしょ

 

 「ファッションモンスター」の歌詞は大変にわかりやすい。誰かのルールになんて縛られたくない。自由にいきたい。このままでいたい。自由になりたい。と歌うだけ。 

 

 ここで実は「ファッションモンスター」の歌詞はきゃりーぱみゅぱみゅ本人が書いているんだ、といえば話が美しく作られた物語としてはわかりやすいが、残念ながらというか当然のごとくこの曲も中田ヤスタカが作詞している。

 

 「ファッションモンスター」という曲は聴けばテンションがあがるアップテンポなエレポップチューンの王道と先ほど書いた。事実その通りの曲調だ。ところが不思議なことがある。この曲は聴けばどこか切なく、どこかはかなく、どこかもろく、テンションが上がるのとは違った方向に感情をかき乱される。きゃりーぱみゅぱみゅは「ファッションモンスター」と叫んでいるだけなのに。

 

 この曲には無駄で冗長な部分なんて一切ない。1stの頃の楽曲と比べると明らかに何らかの変化が起きた。

 

 「この曲」にはと書いたが実際には「この曲」以降アーティスト「きゃりーぱみゅぱみゅ」の音楽は劇的に良い方向に変わる。サマソニのメモの時にも書いたが、私は冗談でこのエントリを書いていると思われている方もいるかもしれないが特にそういったわけではない。わりと本気できゃりーぱみゅぱみゅの歌声はすごいと感じている。そしてそのすごい歌声のはじまりは「ファッションモンスター」というシングルであり、それはきゃりーぱみゅぱみゅにとって画期的な出来事だった思っている。

 

 きゃりーぱみゅぱみゅの何がすごいのか?と問われるならば答えは簡単だ。ひとことで言えばきゃりーぱみゅぱみゅは歌うとエモい。感情を揺さぶるような歌声を出すことが出来る。切なくもあるし、叫びたくもなるし、泣きそうにもなる。そんな不思議な種類の歌声を持っている。

 「ファッションモンスター」という曲ではきゃりーぱみゅぱみゅの歌声が最大限までに引き出されていると私は感じている。この曲では今までの楽曲には存在したきゃりーぱみゅぱみゅが曲の中で無駄な空白を埋めるためだけの歌声部分がごっそり削ぎ落とされているように感じる。中田ヤスタカはこの曲にもてるすべてを注ぎ込んだようにさえ思える。繰り返しになるが、それくらいに余計なものがない。

 

 冒頭の文章に戻る。私は何かの衝動に駆られてこの文章を書いている。そして私にとって「きゃりーぱみゅぱみゅ」について何かを言うことは勇気が必要なことなんだ。

 

 私がきゃりーぱみゅぱみゅを発見したのはつい最近のこと。時期的に言えば5thシングル「にんじゃりばんばん」以降。そのため今さら「きゃりーぱみゅぱみゅの音楽の部分が特にすごいんだ」!というのはどう考えても勇気がいる。けれど今ならまだ間に合うかもしれない。きゃりーぱみゅぱみゅは放おっておくと、もっともっと偉大な存在になるかもしれない、ROCK IN JAPAN FESTIVAL(通称ロキノン)のトリくらいの存在になるかもしれない。もしそうなったならば「あの時にああ言っておけばよかった」と後悔するかもしれない。それは絶対に嫌だ。そう思ってこのエントリを書きはじめた。

 

 ロッキング・オン・ジャパンは今と違いその昔、頭がおかしいくらいに面白い時代があった。1994年からの数年間のことだ。細部の面白さとしては記事の内容が、文章が、切り口が興味深かった。けれど面白さのコアな部分はそういった編集作業の力による部分よりも、やはり取り上げるアーティストの力による部分が大きかったんだと今は思う。注目のアーティストのインタビュー記事は2万字インタビューと呼ばれて長く印象的なものが多く掲載された。2万字インタビューは当時のロック・ファンの心に色々な鉤爪を残した。

 当然その頃のロッキング・オン・ジャパンの表紙に取り上げられるアーティストにはインパクトがあった。その表紙になるようなアーティストの基準は売上枚数よりもおそらく宣伝広告費よりももっと重要視されるべき何かがあったんだと思う。そうでなければ、あんな雑誌としてのおかしさは作り出せなかったはずだ。

 

 今年3枚目のアルバムが発売されたがその際に「きゃりーぱみゅぱみゅ」はロッキング・オン・ジャパンで2万字インタビューを受けている。しかし残念なことに「きゃりーぱみゅぱみゅ」は表紙にはならなかった。今のジャパンはひどく保守的でチャンスを潰している。00年代以降はずっとそうであったようにロッキング・オン・ジャパンの保守化はとどまることを知らない。こんなにもロッキング・オン・ジャパンの表紙にふさわしい人物などいないのに。彼らはどうしてしまったんだろうか。

 

 現在のロッキング・オンが雑誌としては迷走している中、一方でロッキング・オン出身のライター(ジャーナリスト)宇野維正はきゃりーぱみゅぱみゅについてこんな文章(→link)を載せている。これを発見した時にはかなり驚いた。きゃりーぱみゅぱみゅのエモさは、私は小沢健二の持つそれと同質だと感じていたので、ここまで私と似た感想を持っている人がいることに、しかも1年近くも前にあっさり言語化していることい驚いた。(もちろん向こうは文章を書くプロなので引き合いに出すことそのものがおかしいことは十分理解している)

 

 とりあえずロッキング・オン社は来年のROCK IN JAPAN FESTIVAL 2015できゃりーぱみゅぱみゅをトリにした方がよい、と思う。

 

 

 

 

 

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