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Right Thoughts, Right Words, Right Action/Franz Ferdinand(フランツ・フェルディナンド)

音楽 アルバム・レビュー UKロック 洋楽
 
 「女の子が踊れる音楽」を目指したロックバンドが本当に「語感が良い」というだけで世界大戦のきっかけとなる暗殺された皇太子の名前をバンド名に拝借したりするものだろうか。
 
 
 2014年の夏、00年代を代表する2つのUKバンドがフェスにやってくる。
 
 この両バンドは2013年にそれぞれ新しいアルバムを出した。バンドの名前はArctic Monkeys(アークティック・モンキーズ)。そしてもう一つが今回取り上げるFranz Ferdinandフランツ・フェルディナンド)。
 
 フランツ・フェルディナンドというバンド名は今からちょうど100年前(1914年6月28日)に暗殺されたオーストリア=ハンガリー帝国の皇太子の名前から取られている。それはサラエボ事件と呼ばれ、この事件がきっかけで世界は大戦への道を進んだと言われている。そんな暗い影を落とすバンド名とは裏腹にフランツ・フェルディナンドの作り出す音はキャッチーで踊れるギター・ロックに仕上がっている。もちろんUKバンドという出自のせいか、曇りなし、迷いなしというわけでもなく独特の暗さ、メロディアスさは持っているもののポップさが勝っていて一見楽しげな音作りとなっている。
  
 フランツ・フェルディナンドのフロントマン・アレックス(ヴォーカル・ギター)はデビュー直後のインタビューでこんなことを語っていたように思う。
「女の子が踊れてみんなで歌える(騒げる)ような音楽を目指したんだ、グラスゴー(彼らはイギリス・グラスゴー出身)のライブは野郎ばっかりで本当にそれが嫌だったんだ」
 「バンド名は第一次世界大戦のきっかけとなった暗殺された皇太子からきている。特に政治的な意味とかはなくて語感が気に入ったからさ」
※すみません、特にソースはありません。また発言の細部についても正確ではなくあくまでも記憶だよりです。
 
1stアルバムではあのトーレ・ヨハンソンをプロデューサーに迎え、00年代に登場した新しいUKバンドのひとつとして大成功を収めた。2ndは1stの方向性そのままに減速することなくむしろギター・バンドとしての強度を出してダンサブルに駆け抜けた。3rdは2ndとはうってかわって若干のテンポダウンはしたもののエレクトロ要素を強めて違った一面を魅せた。
 
 そして今回取り上げている「Right Thoughts, Right Words, Right Action」はフランツ・フェルディナンドとしては4枚目のアルバムとなる。
 
 フランツ・フェルディナンドの4thアルバムは「フランツ・フェルディナンドの音」がなっている。今風に言えば「自分たちの音」を鳴らすことに成功している。そう、サッカー日本代表が2014年のワールドカップブラジル大会で出来なかったことを彼らは成し遂げている。人によってはそれを原点回帰と呼ぶかもしれないし、人によっては金太郎飴化とよぶかもしれない。とにかくあの楽しいフランツ・フェルディナンドが帰ってきたんだ。というのが一般的な評価。
 
 
 じゃあ「フランツ・フェルディナンドらしさ」ってなんなんだ。
 
 
 Oasis(オアシス)の1stが世に出てからちょうど10年後フランツの1stが発表された。
 だがしかしフランツ・フェルディナンドのフロントマン・アレックスは実は、オアシスのボーカリストリアム・ギャラガーよりも年上だ。正確には同じ1972年生まれでアレックスの方が誕生日が早い。今現在アレックスは42歳でリアムは41歳。
 
  彼らが苦労人かどうかは知らないが少なくともデビューまでに時間がかかっている。「女の子が踊れるような音楽を目指した」というチャラいバンド結成理由を伝える彼らだが、ポップだ、キャッチーだ、踊れるロックだと散々言われているが、実のところそこまで軽い音楽ではない。
 そう聴こえる理由、つまり決して軽い音楽に聴こえない理由はもしかしたら、今の時代に愚鈍なまでにギターサウンドにこだわっているからなのかもしれない。ギターロックなんて古臭いといわれてからゆうに20年は経つ。それでも彼らはギターで印象的なリフをかき鳴らしドラムを叩きベースを奏で王道かどうかまではわからないがロックをきちんと継承している。ギターロックの復権だ。
  実は、ダンサブルでありつつ軽くないサウンドということの理由については、ある種の想像がついている。それは彼らがアート系大学(グラスゴー芸術大学)で学生時代を過ごしたいわゆるミドルクラス出身だということが関連してるように思う。音がポップであり、キャッチーであり、ダンサブルであることを決して否定しないが、フランツの音は決して性急さがあるわけでもなく、生き急いでいる感じがしない、何かしらの余裕があるように感じる。どこか切迫感のある追い詰められた音なんかではない。享楽性にどっぷりと浸かった音楽でもない。どこか他人ごと感がある。自分の手から離れてしまった何かという雰囲気が漂っている。
 
 フランツ・フェルディンドの音を何かと比較することが「彼ららしさ」を見つける早道であるように思う。しかし実はこれが難しい。たとえば先ほど、名前が出てきた2つのバンド、オアシスやアークティック・モンキーズはそれつまり比較に出すには少し毛色が違うバンドのように思う。ワーキング・クラスとミドル・クラスによる違い。70年代生まれと80年代生まれによる違い。なんだか、それはどちらも違うことを論じているようでうまくない。
 
 少しだけ追記をしておくとフランツのメンバーはギャラガー兄弟がいかにも嫌いそうなアート系スクールのミドルクラスという出身のため、彼ら(兄弟)とフランツ・フェルディナンドの関係は良好なものとは言いがたい。
 
 
 フランツ・フェルディナンドの初期の2枚のアルバムは勢いがあるものの決して勢いだけのアルバムなんかではない。3rdではいったんシフト・チェンジしたが、本作4thでもう一度本来のフランツの勢いに回帰している。
 
 もう少しこのアルバムについて書く。M1「Right Action」から始まるこのアルバムはフランツらしさにあふれている。コーラスが素晴らしい。ギターリフがカッコ良くて、無駄がなくて、スピード感があってダンサブルでポップで楽しい。そしてどこか他人ごとだ。それでも幸せにあふれていて新しい。ところがやっぱりまるで1stの手法で再度アルバムを構築したようにすら思える。もう何を言っているのかさっぱり分からないがそれでいい。
 ギターロックの復権だと書いたが、このアルバムには管楽器とシンセが効果的に使われている。さらにM3の「Love Illumination」は本当に素晴らしい。ロックはやっぱりリフだろということを再認識させられる。M6の「Bullet」は本当に勢いがある。一緒に叫びたくなるくらいにいい。そして最注目はM10「Goodbye Lovers And Friends」。アルバムのラストを飾るにふさわしいくらいの美しさで満ちている。
 
 
バンドメンバーが初期に語った「女の子が踊れる音楽」という言葉には実は少し距離感があるように思う。
 
何と何に?
 
「バンド」と「女の子」に。
 
 自分が熱狂するための音楽というよりは、これで踊ってください、という客観的な演奏の音楽の提供にも感じる。そういった意味でフランツはクールだ。
 
 
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