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おすすめブログのカウンターとして始めたはずが、気がつけば薄っぺらなブログ

Sigur Rós(シガー・ロス)のライブを見た

 

 

 ヨンシーは怖くないんだろうか。

 

 少し前、5月15日にZEPP名古屋でSigur Rósシガー・ロス)のライブを見た。

 シガー・ロスのライブを見るたびに私は自分の無力さを思い知らされる。シガー・ロスの圧倒的な存在感の前ではほとんどのお客さんがそうであるように、私はアホウのように口を開けてただただ呆然と立ち尽くすこと以外に何もできない。もう本当に圧巻で体が何も反応しようとしないんだ。数曲終わった後にやっと力なくパラパラと拍手をすることくらいが精一杯だ。

 

 昔一緒に仕事をしていた人のこと。彼は、必ず話の中に笑いを入れたがる。笑いの要素が足りなければ自虐的なネタまで用意する。気になったのでなぜそこまでして笑いを挟むのかを一回尋ねたことがある。曰く、自分がしゃべっている時にしんとすることがひどく恐いそうだ。自分が話している最中にしんとしてしまう、それは自分の話している内容がつまらないんじゃないだろうか、ひいては自分という人間がつまらないと思われたらどうしよう、ということらしい。しんとすることに対する恐れから逃げるために饒舌にならざるえないのだということらしい。

 シガー・ロスのライブでは、その独特な音世界のゆえか、フロントメンバーのヨンシーのたたずまいのせいか、それともバンドそのものの存在感ゆえか、圧倒的な静寂が場を制す。

 ライブ会場をひどく、しんとさせてしまう。

 あの静かな、特に序盤はほとんど揺れもしない無反応なオーディエンスを相手にしてヨンシーは怖くないんだろうか。

 でも違うんだ。シガー・ロスのせいじゃないんだ。私達が、お客さんが何もできないんだ。この素晴らしい、圧倒的な音楽を前に体を反応させることができないんだ。

 ライブが始まった直後、なんだか金魚鉢に押し込められているような不思議な感覚があった。シガー・ロスというバンドが遠く、遠くに感じられた。

 

 シガー・ロスアイスランドのバンド。アイスランドの場所を一度想像してからウィキペデイアなどで位置を確認してほしい。おそらくは想像よりもずっとずっとブリテン諸島の北にある。この孤高といってもいい存在感、唯一無比といってもいい静寂、このアイスランドと他の国々との距離感に実は関係があるのかもしれないと妄想せずにはいられない。

 遠いと思われたシガー・ロス、あるいはヨンシーとの距離感はほんの数曲のことで、あっという間にシガー・ロスの静寂もしくは轟音に引き込まれた。

 

 気がつけばライブは終わり、私はずっと手を叩いていた。

今回のライブでは単純なバンド編成ではなく数名のサポートメンバーをいれて音を厚くしていた。美しいライブだった。また機会があれば名古屋に来て欲しいと思っている。名古屋に来る海外アーティストは確実に減っているからね。

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